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コツコツと

♪ ドンドンヒャララ ドンヒャララ ♪ 豊作を祝う唱歌『村祭』(むらまつり)

 
『村祭』(むらまつり) は、秋祭りで豊作を祝い、
祭ばやしの笛や太鼓の音を
「ドンドンヒャララ ドンヒャララ」と
擬音で明るく賑やかに表現されている
楽しい唱歌です。
 
文化庁が選定した「日本の歌百選」にも
選ばれています。
 
 

♪ 唱歌『村祭』
(むらまつり)

 
初出
 
『村祭』(むらまつり)は、
明治45(1912)年刊行の小学校向け音楽教科書
『尋常小学唱歌』の第三学年用に掲載された
唱歌です。
 
秋祭りで豊作を祝う素朴な村人達の喜びを
「ドンドンヒャララ」という太鼓や笛の擬音と
リズムに乗せてまとめた傑作です。
 
祭りの準備から始まり、太鼓の音や踊り、
夜になると灯篭の明かりが輝く情景など、
様々な要素が歌詞に取り入れられており、
子供達にとって親しみやすく、楽しめる
楽曲です。
 
改訂はあったものの、
昭和54(1979)年まで一貫して
小学校3年生用の音楽教材として
扱われてきました。
 
 
歌詞


www.youtube.com

 
一.村の鎮守の神様の
  今日はめでたい御祭日 (おまつりび)
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  朝から聞こえる笛太鼓
 
二.年も豊年満作で
  村は総出の大祭
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  夜までにぎわう宮の森
 
三.治まる御代に神様の めぐみ仰ぐや村祭
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  聞いても心が勇み立つ
 
作詞・作曲
長年、作詞・作曲者不詳とされてきましたが、
作詞は葛原 (くずはら) しげる、
作曲は『横浜市歌』の作曲者としても知られる
南能衛 (みなみ よしえ) とされています。
 
葛原しげるが生涯に作詞した童謡は
4000篇とも言われ、
代表作には「夕日」「とんび」「白兎」
「キユーピーさん」「羽衣」「たんぽぽ」
などがあります。
またいつもニコニコピンピンを
モットーとした「ニコピン先生」として、
周りの人々に親しまれたそうです。www.kannabe.net
 

ヨナ抜き長音階

「ヨナ抜き長音階」とは、
西洋音楽におけるドを主音とする
長音階(ドレミファソラシ)に当てはめた時に
ドから4つ目の「ファ」と7つ目の「シ」がない
音階(ド・レ・ミ・ソ・ラ)のこと。
数字の和語(大和言葉)での数え方
「ひ・ふ・み・よ・い・む・な」と数えた時、
4が「よ」7が「な」になることに由来します。
 
 
外国の音楽が取り入れられたばかりの
明治時代には、
「ミ」と「ファ」、
あるいは「シ」と「ド」など、
いわゆる半音階の進行を
歌うことが出来る人は稀で、
多くの人は五音階(ド・レ・ミ・ソ・ラ)を
歌うのが精一杯でした。
 
唱歌『村祭』(むらまつり)
明治45(1912)年の発表時には
「おまつりび」の部分のメロディは
「ソシレド」となっていましたが、
「ソラレド」
昭和17(1942)年に改められました。
低い音で半音階を歌うのが難しかったためです。
 

改作

改作が行われたのは
メロディだけではありません。
明治時代に創られた文語体の歌詞は、
低学年の子供が歌うには
難しいという考えから、
昭和になると主として第三節の歌詞が
改作されました。
 
昭和十七(1942)年版
発表当時、三番の
「治まる御代に神様の 恵み仰ぐや村祭」
となっていた歌詞は、
「治まる御代に神様の 恵み讃える村祭」に
改訂されました。
 
昭和二十二(1947)年版
昭和二十二年発行の『三年生の音楽』で
タイトルは『村まつり』に改訂されました。
 
また三番の歌詞は、
戦後の唱歌教材選択の一般方針
「(3)神道に関係のあるものを排除する」に
抵触するとして、
治まる御代に神様の 恵み讃える村祭」が
みのりの秋に神様の 恵み讃える村まつり」
に改訂されました。
 
なお一番の「むらの」、二番の「としも」の
リズムは「タンタタ」ですが、
「みのりの」は「タッカ タタ」です。
 

音楽の教科書から排除

戦後、日本全体に市町村合併が進められ
「村」が少なくなってきたという理由で、
『村まつり』は音楽の教科書から
削除されます。
 
まず共通教材から
「小学校音楽共通教材(歌唱)」において、
「村まつり」は
昭和43(1968)年改訂の時には選ばれましたが、
次の昭和52(1977)年改訂の時からは削除され、
現在に至っています。
昭和55(1960)年度からは、学習指導要領の
共通歌唱教材から外されました。
 
遂には音楽教科書からも
平成22(2010)年度までは
小学三年生の音楽教科書に掲載されて、
子供達は歌っていましたが、
平成23(2011)年度以降は
小学校新学習指導要領に伴う、
音楽の教科書の改訂により、
『村まつり』は音楽の教科書に掲載されなく
なりました。
 
現在
 
村が無くなったから、
『村祭』は音楽教科書から姿を消し、
歌われなくなった・・・ってホント?
 
子供達にとって親しみやすく、
楽しめる楽曲であるため、
今でも保育園や幼稚園のイベントでも
よく歌われる人気の曲です。
 
「文語体は子供には歌いやすくないから」とか「『唱歌』は学校で教える歌だから」とか
「村が激減したから
 『村祭』という呼び名には合わない」
とかっていうのはどうなんでしょう?
作詞家や作曲家の思いはどうなるんでしょう?