
「あれ松虫が鳴いている」
から始まる唱歌『虫のこえ』は、
明治43(1910)年に出版された
『尋常小学読本唱歌』に掲載された
文部省唱歌です。
明治、大正、昭和、平成の時代を越えて、
100年以上経った現在も今も歌い継がれている
愛唱歌です。
どんな歌?
「虫のこえ」の歌詞
- 1番 -
秋の夜長を 鳴 き通す
- 2番 -
きりきりきりきり こおろぎや
がちゃがちゃがちゃがちゃ くつわ虫
あとから馬おい おいついて
ちょんちょんちょん
ちょんすいっちょん
ちょんすいっちょん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ
まず、最初に「あれ松虫が~」と、
あらっ!虫のこえが聴こえてきたことへの
感動が表わされています。
そして秋の虫って、
こんなにたくさんいたのかと思うほど、
虫がたくさん登場してきます。
では何種類の虫がいるのかというと、
松虫、鈴虫、きりぎりす、くつわ虫、馬おいの
5種類です。
この曲の最大の魅力は、
何と言っても虫の鳴き声ですが、
2番に出てくるきりぎりす、くつわ虫、馬おいは
全てキリギリス科ですが、同じ科でも、
鳴き声を全て使い分けて文字にしています。
そんな面白さに出会えるのが
この曲の魅力なのでしょうね。
更に音の強弱をつけて、
歌を盛り上げている点も注目です。
最初、mp (メゾピアノ) でスタートし、
「チンチロチンチロチンチロリン」では
p (ピアノ) と、耳を澄まして虫達の声を
そっと聴いている様子を表しています。
しばらくするともう1匹、
別の種類の虫の鳴き声が聴こえてくると
1匹目の虫の時よりも少し大きな音に
なっています。
そして、「ああおもしろい」とf (フォルテ) で
感動を表しています。
色々な工夫が凝らされていますね。
虫の声に登場する
「虫のこえ」を聴いてみる
虫が秋に鳴くのは、オスがメスを惹きつける
ためと言われています。
虫さん達の協演をお楽しみ下さい。
松虫(まつむし)
「松風」(まつかぜ) と呼ばれる
松林に打ちつける風に声が似ていることから
「松虫」(まつむし) と名付けられたと
言われています。
8月半ばから10月頃まで、叢で
「チンチロリ」と忙しなく盛んに鳴きます。
江戸時代から美しい声の虫として
「鈴虫」と並んで親しまれました。
鈴虫
8月半ばから10月末頃まで、叢で
「リン、リーン」と鈴を振るような澄んだ声で
鳴きます。
かつて「松虫」と「鈴虫」の呼び方は逆でした。
ところが15世紀に京を中心とした上方で、
「チリーン、チリーン」と
伸びやかに鳴る風鈴が普及すると、
「鈴の音」と言えば風鈴の音が一般的となり、
現代と同じく「リーン、リーン」と鳴く虫を
「鈴虫」と呼ぶようになり、
一方で「松虫」は「松風」の音という理由から
完全に切り離されて
かつて「鈴虫」の鳴き声とされていた音を
引き継ぐことになってしまいました。
こおろぎ
二番目の「きりきりきりきり」と鳴くのは、
明治43(1910)の『尋常小学読本唱歌』では
「きりぎりす」でしたが、
昭和7(1932)年の『新訂尋常小学唱歌』では
「こおろぎ」に変更されています。
元の「きりぎりす」のままにしておけば、
「きり」という音が頭韻を踏んで
聞こえはいいのですが、
「きりぎりす」は夏の虫であること、
「きりぎりす」は、「きりきり…」とは鳴かず、
「ギーッチョン」または「チョンギース」と
鳴くことから、
虫の名と鳴き声とを整合させるため
古語の「きりぎりす」である「こおろぎ」に
改定したようです。
くつわ虫
初秋の頃、ガチャガチャと馬の轡 (くつわ) を
鳴らすような鳴き方をするので、
「轡虫」(くつわむし) と名付けられたそうです。
馬おい
鳴き声から「すいっちょ」とも呼ばれ、
またその声が馬を追う時の
馬子の舌打ちにも似ていることから
「馬追」(うまおい) と名付けられたと
言われています。
尋常小學讀本唱歌
「唱歌(文部省唱歌)」とは、
明治から昭和にかけて、文部省(当時)が
子供の音楽授業のために編纂した歌曲を
言います。
明治5(1872)年「学制」公布により、
小学校の教育に唱歌が組み込まれると、
明治12(1879)年に、文部省下に
音楽取調掛 (おんがくとりしらべがかり) が設立され、
伊沢修二らの提唱により
西洋音階と日本の音階を折衷した
唱歌教育が始まりました。
唱歌集の編纂もそのひとつで、
徳育・情操教育を目的に、
明治14(1881)年に最初の音楽教科書
『小学唱歌集』(しょうがくしょうかしゅう) が
出版されました。
これに掲載される楽曲を
「文部省唱歌(唱歌)」と言います。
この『小学唱歌集』に採用された楽曲は
海外の伝統的な民謡、賛美歌などを
日本語に翻訳した「翻訳唱歌」(ほんやくしょうか)
と呼ばれるものがほとんどでした。
明治34(1901)年、小学校令の改正に伴う
「小学校令施行規則」において
「唱歌ハ平易ナル歌曲ヲ唱フコトヲ得シメ
兼テ美感ヲ養ヒ徳性ノ涵養ニ資スルヲ以テ
要旨トス」と目的が定められると、
それまで主流だった「翻訳唱歌」から脱却し、
日本人の作曲家による日本独自のメロディと
歌詞が用いた『尋常小學讀本唱歌』の編纂が
行われました。
当時の国語読本『尋常小学読本』の
韻文教材27首が選ばれ、
当時の日本の最も優秀な作曲家6名が分担して
曲を作りました。
作曲家らの意気込みは相当なもので、
当初の2年で完結という予定より早く、
翌年の明治43(1910)年7月に
『尋常小學讀本唱歌』は刊行されました。
『尋常小學讀本唱歌』は、この後の
『尋常小学唱歌』が出版されるまでの
暫定的な教科書として
編纂が急がれたものでしたが、
全ての曲を日本人が作曲した点で
画期的な唱歌教科書と言われています。
「尋常小学唱歌」は、
現代でもそのまま歌われている有名な唱歌が
数多く掲載されています。
『蟲のこゑ』(むしのこえ) もその一つです。