うまずたゆまず

コツコツと

重陽の節句

皇室の象徴が「菊」になった理由

家紋 皇室のシンボル「菊の御紋」 後鳥羽上皇の正統な後継者 後鳥羽上皇 持明院統と大覚寺統 「菊紋」を下賜された人物 足利尊氏(足利将軍家) 豊臣秀吉 西郷隆盛 木戸孝允 家紋 日本で家紋の元になる文様を付け始めたのは 11世紀後半の平安時代中頃からと…

後れ菊(おくれぎく)、残菊(ざんぎく)

後れ菊(おくれぎく) 十日の菊(とおかのきく) 六日の菖蒲、十日の菊(むいかのしょうぶ、とおかのきく) 残菊(ざんぎく) 残菊宴(ざんぎくのえん) 小重陽(こちょうよう) 観菊の宴 宇多天皇の公宴 残菊・移ろい菊 今も行われる「残菊の宴」 後れ菊(…

後の雛(のちのひな)

幕末頃、大坂の一部や徳島・伊勢地方では、 3月の「上巳の節句(桃の節句・雛祭り)」で 飾った雛人形を、 半年後の9月9日「重陽の節句(菊の節句)」に 再び飾って、健康、長寿、厄除けを願う 風習がありました。 「後の雛」(のちのひな) とか、 秋に菊とと…

温め酒(あたためざけ、ぬくめざけ)

陰暦九月九日の「重陽の日」に、 酒を温めて飲むこと、またはその酒のことを 「温め酒」(あたためざけ・ぬくめざけ) と言います。 旧暦九月九日の「重陽の節句」の頃は ちょうど寒暖の境目であることから、 この日から酒は温めて飲むものとされ、 「温め酒」…

菊日和(きくびより)

七十二候は「菊花開」(きくのはなひらく) を迎え、 菊の花が咲き始める頃となりました。 例年、10月から11月にかけて全国各地では 菊まつりや展覧会が開催される他、 自生地や菊の名所でも見頃を迎えています。 www.linderabell.com 菊月(きくづき) 菊晴(…

浅草寺「菊供養会」(きくくようえ)

「菊供養会」(きくくようえ) は、 かつては旧暦の9月9日の「重陽の日」に 東京都台東区浅草の浅草寺で営まれ、 現在は10月18日に行われている 菊花の供養行事です。 菊供養会(きくくようえ) 「菊供養会」(きくくようえ)の起源 「菊慈童」(きくじどう)…

「菊人形」の歴史

「菊人形」は、頭や手足はリアルな人形で、 胴体を中小菊の花で着飾られた 等身大の人形です。 江戸後期、江戸の染井や巣鴨周辺で流行し、 幕末からは本郷の団子坂で盛んに行われました。 その後は、鉄道会社の観光事業ともなって、 全国に広がりました。 「…

日本の秋を彩る風物詩!日本三大菊人形、菊の展覧会、菊まつり、菊花大会

毎年10月~11月には、日本各地で 「菊の展覧会」「菊まつり」「菊花大会」 「菊花コンクール」が開催されています。 日本三大菊人形 二本松の菊人形 たけふ菊人形 ひらかた菊フェスティバル 全国各地で行われている菊花展&菊まつり 北海道 おびひろ菊まつり …

七十二候:第50候「菊花開」(きくのはなひらく)

菊の花が咲き始める頃となりました。 旧暦9月9日(令和7年10月29日)は、 「重陽の節句」で、菊で長寿を祈願しました。 www.linderabell.com 後鳥羽上皇は、殊の外、菊の花を好み、 自らの印として愛用しました。 後の天皇が慣例として用いたことにより、 「…

御九日(おくにち、おくんち)

九月九日の「重陽の節句」は、 平安貴族の宮中行事であり、 江戸時代には「五節句」に制定されて、 盛大に行われていたようですが、 明治以降は次第に忘れ去られてしまいました。 ただ今でも、地方によっては 「御九日」(おくにち)と呼ばれる 収穫を感謝す…

重陽の節句(ちょうようのせっく)

現在、一般に行われている五節句の中で、 「重陽の節句」(ちょうようのせっく) は すっかり影が薄くなっていますが、 かつては「五節句」の中で最も重要とされて いました。 重陽の節句 重陽の節会 古代China生まれの節句 日本での「重陽の節会」の起源 平安…

菊の節句

「重陽の節句」は、 古くは「菊の節句」とも呼ばれましたが、 現在の新暦9月9日には まだ「菊」の花は咲いていませんし、 店頭には一年中菊の花は並んでいますが、 「葬儀用の花」という印象が強くなって しまっています。 菊を眺める宴「観菊の宴」を催した…

栗の節句

旧暦の「重陽の節句」は、 作物の収穫時期と重なるため、 古くから庶民の間では 「栗の節句」(くりのせっく) と言って、 「栗ご飯」を食べました。 現在の「重陽の節句」には、 せいぜい菊の花を生けるくらいのもので、 何か特別な行事や行事食はありません…

「茱萸嚢(袋)」(しゅゆのう・ぐみぶくろ)

平安時代、「邪気払い」と「長寿」を願って、「端午の節句」に柱に掛けた「薬玉」を、 9月9日の「重陽の節句」になると 赤い絹の袋に菊と茱萸を挿した 「茱萸嚢(袋)」(しゅゆのう・ぐみぶくろ)に 取り替える風習がありました。 これは古代Chinaの風習が元…

不老長寿を願う「菊酒」(きくざけ)

平安時代、宮中で行われた重陽節会は 基本的に詩歌を楽しむ宴でした。 菊を瓶に入れて飾って菊の花を眺めながら 菊の花びらを浮かべた「菊酒」(きくざけ) を 楽しむ宴が催されていました。 「菊酒」の起源 「菊酒」の風習が日本に伝わる 江戸時代の「菊酒」 …

菊の被綿(きくのきせわた)

「重陽の節句」では、 「菊の被綿」(きくのきせわた) という 面白い風習が行われました。 重陽の前夜、つまり9月8日の夜に、 菊の花に真綿を被せて夜露と香りを移し取り、 翌9日の朝に、その真綿で体や顔を拭い 長寿を祈念するという風雅な習わしが 平安時代…