七十二候は「菊花開」(きくのはなひらく) を迎え、
菊の花が咲き始める頃となりました。
例年、10月から11月にかけて全国各地では
菊まつりや展覧会が開催される他、
自生地や菊の名所でも見頃を迎えています。
菊月(きくづき)

「菊月」(きくづき) とは、
数ある旧暦9月の異称の一つです。
菊の花の咲く月であり、
あったからです。
菊の花は、大体、朝の最低気温が
12度以下になる頃に咲き出します。
1か月遅れの10月中旬から11月頃に
「菊」の見頃を迎えます。
菊晴(きくばれ)

菊が花盛りを迎える10月の秋晴れのことを
「菊晴」(きくばれ) と呼びます。
菊日和(きくびより)

菊の花が盛りの頃は、
よく晴れるというだけでなく、
澄み切った青い空、爽やかに風が吹き抜け、
菊の清々しい香りが立ち、
秋の盛りが感じられます。
そんな菊の香がしみ通るように澄んだ秋の日を
「菊日和」(きくびより) と言います。

毎年この頃になると、
全国各地の神社や公園などでは
菊花展や菊祭りが開催されています。
菊見(きくみ)

菊合(きくあわせ)
日本では古来から
キク科のタンポポなどが自生していましたが、
奈良時代になるとChinaから 「栽培菊」 が伝来、
高貴な花として愛好されるようになりました。
平安時代には、左右に分かれて、
菊の作り物に和歌を添えて競い合う
「菊合」(きくあわせ) と呼ばれる遊びが
宮中などで行われていました。
宇多天皇の御代に催された「菊合」の時に、
菅原道真が詠んだ歌が『古今和歌集』に
収録されています。

「秋風の吹あげにたてる白菊は
花かあらぬか浪のよするか」
花かあらぬか浪のよするか」
秋風の吹き上げる吹上の浜に立っている
白菊は花であろうか、
波が打ち寄せているのだろうか。
白菊は花であろうか、
波が打ち寄せているのだろうか。
江戸時代前期から菊の栽培熱は高まり、
品種改良が盛んに行われ、
「江戸菊」や「美濃菊」など地名が付けられた
多種多様の品種が生み出されました。
そして庶民の間では、作柄の優劣を競う
菊の品評会「菊合」が盛んに行なわれました。

江戸の菊見

菊花の鑑賞「菊見」は
江戸に暮らす人々の楽しみの一つとなり、
文政10(1827)年に刊行された『江戸名所花暦』の
「秋之部」には「菊」の項目があり、
巣鴨と雑司が谷が紹介されています。
『江戸名所花暦』(えどめいしょはなごよみ)
四季折々の花鳥風月を計43項目に分類し、
春、夏、秋、冬の四部構成 (秋と冬は合冊) で
それぞれの名所の解説、由来などがある他、
道順をわかりやすく紹介した案内記。
江戸の人々は、この本を参考に、
季節の花を見に出掛けました。
造り菊(菊細工)

江戸中期・文化の末頃に
江戸麻布の狸穴 (まみあな) で
「造り菊 (菊細工) 」が始まると、
やがて巣鴨・染井の植木屋に広がり、
巣鴨だけで「造り菊 (菊細工) 」を業とする家が
50軒もあったほど流行しました。
染井の植木屋・今右衛門が、
百種もの菊を1本に接ぎ木して咲かせた
「百種接分菊」(ひゃくしゅつぎわけぎく) は
評判となりました。
更に白山・小石川・千駄木・根津・谷中へ
広がりました。
「造り菊 (菊細工) 」は、
鶴・象・狸・兎などの動物や、
富士山・二見が浦などの名所、
宝舟や唐子などの縁起物、
汐汲・暫などの物語が、
小菊でかたどられ作られた見世物です。
まだ「人形」ではありませんでした。
菊人形(きくにんぎょう)

団子坂では、巣鴨より移住して来た植木屋
「植梅」(うえうめ) の歌舞伎を題材にした
「菊人形」が評判になると
近隣の園芸業者が競うように「菊人形」を手掛け盛んに行われるようになりました。
「団子坂」の地名の由来は、
「団子のような石の多い坂だった」
「昔、団子を売る茶店があった」
などの説がある。
「団子のような石の多い坂だった」
「昔、団子を売る茶店があった」
などの説がある。
明治維新で一旦中断されましたが、
明治9(1877)年に東京府から正式に許可を受け、
木戸銭を取って正式に興行として認められると
更に隆盛を極め、
明治20年代から30年代に
団子坂での興行は最盛期を迎えます。
植惣 (うえそう)、植半 (うえはん)、植梅 (うえうめ)、
植重 (うえじゅう) の四大園は常設小屋を設置し、
その出し物を競い合いました。
出し物は従来の歌舞伎の名場面の他、
時事ネタも扱ったそうです。

ところが明治42(1909)年に、
名古屋で菊人形興行を行っていた
「黄花園」が東京に進出して、
両国国技館で大掛かりの菊人形の興行を
開催すると、
団子坂の菊人形興行は
衰退、廃業を余儀なくされます。

その後「黄花園」は
両国の他、大阪、名古屋などでも
大掛かりな菊人形興行を行い隆盛しましたが、
戦後レジャーの多様化によって
これらも衰退していきました。