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祈年祭(きねんさい)


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2月17日には、その年の春の耕作始めに
五穀豊穣を祈る神事の
「祈年祭」(きねんさい)が執り行われます。
「としごいのまつり」とも言います。
その年の収穫に感謝する11月の
新嘗祭(にいなめさい)と対になるお祭りです。
 

 

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「祈年」(としごい)
「とし」とは稲の美称であり、
「こい」は祈りや願いで、
お米を始めとする五穀の豊かな実りを
祈ることを意味します。
 
農耕が生活の中心であった時代、
豊作を祈ることは、
「国家の安泰」「国民の繁栄」を祈ることに
他なりませんでした。
そのため、
春には年穀の豊穣を祈る「祈年祭」、
秋に豊作を感謝する「新嘗祭」を行うのが
農耕祭祀儀礼の基本でした。
律令国家体制では、「国家の大事」として
国家規模で執り行われ、
平安時代の『延喜神名式』にある
全国3132座の神々に幣帛(へいはく)
奉られました。
しかしやがて衰え、
「応仁の乱」以後は廃絶してしまいました。
 

 
それが明治になって神祇官とともに、
伊勢神宮・宮中の祈年祭が再興され、
2月4日に諸神に
幣帛(へいはく)を供える「頒幣」(はんぺい)
2月17日に宮中三殿で祭儀を行うよう定められ、
国家行事となりました。
また諸国の神社でも
「官祭」として執り行われるに至り、
皇室・国家から「幣帛(へいはく)
供進(ぐしん)されました。
 

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第二次世界大戦後は、
公的な性格は失われてしまいましたが、
現在も、宮中の賢所では祭典が行われる他、
各地の神社でも「祈年祭」とは称さないものの、
豊穣祈願の祭りとして神事が広く行われて
います。
 
 
伊勢神宮」では
天照大御神を始めとする神々に
お食事をお供えする
「大御饌の儀」(おおみけのぎ)が行われ、
続いて勅使が天皇陛下の幣帛(へいはく)を奉る
「奉幣の儀」が行われます。