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新嘗祭(にいなめさい)

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「新嘗祭」(にいなめさい)とは

「新嘗祭」(にいなめさい)とは、
その年の収穫に感謝して新穀を神様にお供えし、
来年の豊穣を願う行事です。
「にいなめのまつり」とか「しんじょうさい」
と呼ぶこともあります。
 
『日本書紀』にも登場するほど
古くから行われてきた行事で、
現在も、天皇陛下が神嘉殿(しんかでん)において
新穀を皇祖始め神々にお供えになって、
神恩を感謝された後、
陛下自らもお召し上がりになる
宮中恒例祭典の中の最も重要なものです。
天皇陛下自らご栽培になった新穀も
お供えになります。
 
全国の神社でも「新嘗祭」が行わていて、
古くから庶民もこの祭りをして、
その年の収穫を感謝してきました。
 
「新嘗祭」と対になっているのが、
現在も2月17日に行われている
その年の耕作始めに五穀豊穣を祈る神事の
祈年祭(きねんさい・としごいのまつり)です。
 

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伊勢神宮では、次の様に説明しています。
 
祈年祭・新嘗祭
『日本書紀』に天照大御神が
斎庭(ゆにわ)の稲穂を
天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
授けられたことが記され、
そこに日本の始まりが位置づけられることは
大きな意味を持ちます。
春に豊作を祈り、
秋の収穫に感謝する稲作を中心とした営みを、
日本人は2000年以上繰り返して来ました。
天皇陛下から国民に至るまで神を祀ることは
日本の大切な文化です。
 
新嘗祭の由来と遠隔
新嘗祭は「しんじょうさい」ともいい、
「新」は新穀を「嘗」は奉ること意味し、
収穫された新穀を神に奉り、その恵みに感謝し、
国家安泰、国民の繁栄をお祈りします。
 
現在、このお祭りは毎年11月23日に宮中を始め、
日本全国の神社で行われていますが、
特に宮中では天皇陛下が自らお育てになった
新穀を奉るとともに、御自らもその新穀を
お召し上がりになります。
 
収穫感謝のお祭りが11月下旬に行われるのは、
東北や北陸などの収穫を天皇が待っておられると説明されています。
 
神宮では「神嘗祭」で新穀が奉られるため、
「新嘗祭」はありませんでしたが、
明治5(1872)年に勅使が差遣されて行われたのが
始まりです。
 
 
「新嘗祭」(にいなめさい)は元々、
旧暦11月の「二の卯の日」(2回目の卯の日)に
行われていました。
現在で言うと、12月上旬~1月初旬頃です。
明治6(1873)年の新暦への改暦が行われた際、
旧暦で実施すると翌年1月になってしまうため、
新暦を採用することになり、
同年11月の「二の卯の日」の11月23日に
行われました。
翌年以降も毎年11月23日に行われ、
今日に至ります。
 

宮中で行われる「新嘗祭」

「新嘗祭」は、宮中三殿で行われます。
主に、
  • 「鎮魂祭」
  • 「新嘗祭賢所・皇霊殿・神殿の儀」
  • 「神嘉殿の儀」
の3つの儀式で構成されています。
 
まず、新嘗祭の前日に、
綾綺殿(りょうきでん)で「鎮魂祭」が行われ、
新嘗祭に臨む天皇陛下の霊を強化するといった儀式が斎行されます。
 
新嘗祭の当日は、まず、
「新嘗祭賢所・皇霊殿・神殿の儀」が
行われます。
これは、宮中三殿にお祀りされている
皇祖天照大神を始め、天神地祇(てんじんちぎ)
歴代天皇の御霊(みたま)に奉告する儀式です。
具体的には、陛下ではなく、
掌典職(しょうてんしょく)
「神饌(しんせん)」と「幣帛(へいはく)」を
お供えして、代拝を行います。
 
これが終わると、
新嘗祭の舞台である神嘉殿(しんかでん)
準備が始まります。
「掌典長(しょうてんちょう)」以下の皆さんにより、
神嘉殿(しんかでん)内の母屋に
「神座」(しんざ)「御座」(ぎょざ)「寝座」が
設置されます。
 
そして、いよいよ
「神嘉殿の儀」(しんかでんのぎ)が行われます。
 
「夕御饌(ゆうみけ)の儀」(18時~20時)と
「朝御饌(あさみけ)の儀」(23時~1時)の
二部構成で、それぞれ同じ内容を行われます。
 

日本各地で行われている「新嘗祭」

宮中だけでなく、
新穀を神様に捧げることは広く行われていて、
各地に残る農耕儀礼にも
その名残を見ることが出来ます。
日本人は祭事を通して
神様の恵みに感謝を捧げてきました。
 

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代表的なものに、
能登半島の「アエノコト」や
東日本の「十日夜」などがあります。
 
十日夜

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十日夜」とは、
旧暦10月10日に行われる収穫祭で、
東日本に多く見られます。
稲刈りが終わって
田の神様が山に帰る日とされているため、
稲の収穫を祝ってお餅をついて食べたり、
稲の茎を束ねた「わらづと」や「わら鉄砲」で
地面を叩きながら唱え事をして
地面の神を励まし、
作物に悪戯をするモグラを追い払ったり、
「かかしあげ」と言って、
田んぼを見守ってくれた
案山子(かかし)にお供えものをし、
案山子にお月見をさせてあげる地方もあります。
 

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亥の子

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一方、西日本では、
旧暦10月「亥の子の日」や11月に
「亥の子祭り」と呼ばれる類似する
収穫の行事が行われます。
 

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アエノコト
稲作を守る田の神様に感謝と祈りを捧げる
奥能登の代表的な民俗行事で、
「アエ」は饗宴、「コト」は神事の意味です。
 
12月5日、収穫を終えた田んぼから
夫婦神である「田の神様」を迎え、
現実には見えない神様が
まるでそこにいるかのように、
家の主人が語りかけ、ごちそうでもてなし、
感謝の気持ちを表します。
「田の神様」は、冬の間家族と一緒に過ごし、
翌春の2月9日に田んぼに戻ってきます。
昭和59(1984)年に国の重要無形文化財に
指定されました。