
「全国交通安全運動 」は、
広く国民に交通安全思想の普及・浸透を図り、
交通ルールの遵守と
正しい交通マナーの実践を習慣付けるとともに、
国民自身による道路交通環境の改善に向けた
取組を推進することにより、
交通事故防止の徹底を図ることを目的として、
毎年、春と秋の2回実施されています。
令和8(2026)年
「春の交通安全運動」
令和8(2026)年春の運動期間は、
令和8年4月6日(月)から15日(水)までの
10日間です。
期間中のゼロの付く日である4月10日(金)は
「交通事故死ゼロを目指す日」です。
春は新入学児童や自転車の利用が増え、
陽気による居眠り運転や花粉症も
リスク要因となるため、特に注意が必要です。
自転車「青切符」導入
令和8(2026)年4月1日から、
自動車等に適用されていた交通反則通告制度、
いわゆる「青切符」制度が
自転車にも適用されています。
自転車の「赤切符」
自転車の「赤切符」は、信号無視や
酒気帯び運転、あおり運転、ながら運転など
重大な交通違反を対象とした、
刑事罰に直結する「交通切符」です。
令和4(2022)年10月から摘発が強化されており、
反則金で済む「青切符」とは異なり、
刑事裁判で罰金や懲役刑に科され、
前科がつく可能性があります。
なお「青切符」導入後も、
酒気帯びや妨害運転などの危険・悪質な違反、
交通事故を起こした場合には、
引き続き「赤切符」の対象になります。
背景
近年の交通事故データでは、
自転車事故の多くに法令違反が関与しており、
死亡・重傷事故の約4分の3が法令違反で、
交通ルールの軽視が、
そのまま事故に繋がっている現実が
浮き彫りになっています。
違反の取り締まりの強化の本質は
罰則ではなく、
事故を未然に防ぐことにあります。
青切符の概要
・対象者 :16歳以上の自転車運転者
16歳未満は対象外ですが、
指導・警告の対象になります。
指導・警告の対象になります。
・違反内容:信号無視やスマホながら運転など
約115種類
約115種類
・反則金 :原付バイクと同等の額
(3,000円〜12,000円)
(3,000円〜12,000円)
青切符対象の違反一覧
青切符の対象となる違反行為は、
約115種類あると言われています。
主な違反行為と反則金額は以下の通りです。
| 携帯電話使用等 ながらスマホ、画面注視 |
12,000円 |
| 信号無視 赤信号、点滅信号無視 |
6,000円 |
| 車道右側通行 逆走、キープレフト違反 |
6,000円 |
| 酒気帯び運転 ※飲酒の程度により 赤切符の可能性大 |
6,000円〜 |
| 無灯火 夜間、ライト点灯なし |
5,000円 |
| 一時不停止 指定場所での停止無視 |
5,000円 |
| 傘差し・イヤホン 安全運転義務違反 (スマホも含む) |
5,000円 |
| 歩道での危険走行 歩行者妨害、徐行義務違反 |
5,000円 |
| 二人乗り 定員外乗車 |
3,000円 |
| 並進 並列走行 |
3,000円 |
青切符が出た時の対応手順
「青切符」が出た時には、まず現場で
警察官から「青切符(告知書)」と「納付書」を
受け取ります。
渡された翌日から原則7日以内に、
銀行や郵便局の窓口で反則金を支払います。
反則金を仮納付することで、
取調べや裁判を受けるために
出頭する必要がなくなり、
また裁判を受けることもなく、
有罪となっていわゆる「前科」が
つくこともありません。
なお期限を過ぎてしまった場合には、
青切符に記載された指定の期日に
交通反則通告センターに出頭し、
再度反則金の通告書と納付書交付を受け、
通告を受けた翌日から10日以内に納付すれば
刑事手続に移行せず、起訴はされません。
反則金を納付しない時は、
刑事手続に移行することとなります。
遠隔地に住んでいるなどの理由で
交通反則通告センターに
出頭出来ない時には、「通告書」と
反則金に通告書の送付に要する費用が
加算された「納付書」が郵送されます。
全国交通安全運動の歴史
明治から戦前の動き
江戸から明治になり、
我が国の交通機関はその様相を一変させ、
それまで徒歩や駕籠や馬から、
馬車、人力車、乗合馬車、軌道馬車、自転車、
自動車、路面電車の登場と発達から、
人々は直接、間接その恩恵を受けるように
なりました。
特に明治30(1897)年代より
輸入され始めた自動車は、
大正から昭和に入って発達しましたが、
そのため交通事故も次第に増加し始めました。
これに対応するために、
政府や府県では各種の法規を制定して
危険防止策を講じるようになりました。
大正8(1919)年1月には
運転免許制度などを定めた「自動車取締令」、
大正9(1920)年12月には
人も車も左側通行などを定めた「道路取締令」が全国統一の交通法規として初めて
制定・公布されました。
そしてこれらの法令の周知徹底のために、
警察が中心となって
「交通安全運動」が展開されるとともに、
民間の交通安全活動を組織的に推進するため、
警察の指導により、
広島・静岡・岐阜・福岡・愛知などの府県で
「交通安全協会」が結成され始めました。
昭和8(1933)年8月には、
自動車取締令が全面的に改正され、
運転免許制度、自動車の構造装置、
運転者の遵守事項などについて
詳細な規則が設けられ、
交通事故の防止が図られました。
日本の交通安全祈願発祥の地
東京都国立市にある「谷保天満宮」は、
「日本の交通安全祈願発祥の地」として
知られています。
明治41(1908)年8月1日に開催された
日本初の自動車での「遠乗り会」の
目的地になったからというのが理由です。
1885~1886年、ガソリンエンジンの自動車が
発明されてからまだ20年程。
日本にはまだ数えられるほどしか
存在しなかった自動車を所有する人達を集めて、
皇族である有栖川宮威仁親王殿下のお声掛けで
「遠乗り会」が実施されたそうです。
参加した車両は、殿下が自らハンドルを握った
ダラック号を筆頭におよそ11台。
沿道には国旗を掲げた人々があちこちに見られたそうです。
スタートから2時間程かけて、約27kmを走り、
午前11時に立川にある多摩川の河川敷に到着。
小休憩した後、約3.9km程甲州街道を戻って
「谷保天満宮」に到着しました。
甲州街道に面した「谷保天満宮」は、
江戸時代から参勤交代での休憩場所になって
いました。
現在は「交通安全祈願発祥の地」として、
車の交通安全祈願の他、
お守りも用意されています。
戦後
戦後、我が国の自動車交通は
本格的に幕明け、
自動車交通量が増大しました。
それとともに交通事故も多発し始め、
何らかの対策を講じなければならない
情勢がありました。
そのため終戦3年後の昭和23(1948)年には、
「全国交通安全週間」(12月10日-12月16日)が、
全国交通安全週間実施要綱に基づき
国家地方警察本部(警察庁の前身)の
決定によって実施されるようになりました。
昭和27(1952)年からは春・秋の年2回開催となり、
昭和30(1955)年からは、
政府の重要施策として交通事故防止対策本部が、
昭和37(1962)年からは内閣府交通対策本部が
中心となって実施要綱が定められ、
全国一斉の国民運動として推進しています。
また地方の道路運送業者、
自家用自動車の所有者・運転者等を会員とする
「交通安全協会」の設立が全国各地で進められ
ました。
全国交通安全運動の目的
内閣府では、「全国交通安全運動」の目的を
次のように定めています。
広く国民に
交通安全思想の普及・浸透を図り、
交通ルールの遵守と
正しい交通マナーの実践を
習慣付けるとともに、
国民自身による
道路交通環境の改善に向けた
取り組みを推進することにより、
交通事故防止の徹底を図ること。
つまり、交通事故ゼロを目指し、
交通ルールや安全マナーについての
認知・習慣化を図る活動なのです。
交通事故死ゼロを目指す日
内閣府は、国民が安心して生活出来るよう
「生活安心プロジェクト」を立ち上げ、
4つの国民運動の一つとして
平成20(2008)年、悲惨な交通事故撲滅に向けた
「交通事故死ゼロを目指す日」を
スタートさせました。
1年に3回あり、2月20日と、
春・秋の「全国交通安全運動」の期間中の
4月10日・9月30日に実施されています。
この日を中心に、
小学校での交通安全教育の実施、
街頭にてパンフレット・啓発品の配布などを
通じて、啓発キャンペーンが行われています。
各地の交通安全運動
全国的に実施される「交通安全運動」は
春と秋の年2回ですが、
統一的に行われていないだけで、
夏や冬にもほぼ全ての都道府県で
「交通安全運動」が実施されています。
「夏の交通安全運動」では、
行楽などによる疲労や
季節特有の解放感による
飲酒運転や暴走運転等の根絶を
掲げる自治体が最も多く、
次いで、自転車の安全利用推進、
子供や高齢者の重大事故防止と
横断歩道マナーアップ運動なども
多く見られます。
一方「冬の交通安全運動」では、
積雪の有無により各地で交通事情が異なるため、
雪道でのスリップ防止など、
各自治体の環境に合わせた独自の項目で
「交通安全運動」が実施されています。
なお、各都道府県の「交通安全運動」は、
自治体、警察、
交通安全を願う地元のボランティアによって
成り立つ地域密着型の運動となっています。
