二十六夜待
（にじゅうろくやまち）
江戸時代、「新月」も間近の
旧暦の正月と七月二十六日の夜半に、
月の出るのを待って拝む
「二十六夜待」(にじゅうろくやまち) という行事が
江戸を中心に盛んに行われました。
一般に「六夜待」(ろくやまち) と称しました。
本来は正月と七月でしたが、
このうち正月の方は
「正月廿六夜は寒気にたへざるが故、
拝するものなし」（『東都歳時記』）と
指摘されているように中止されました。
そして七月の方は、初秋の爽やかさの中、
深夜まで「六夜待」を行う群衆が多く、
江戸の名物に数えられました。
三尊の出現
旧暦7月26日の夜半（午前零時）過ぎに
月が出る際、光が三つに分かれて輝く様子を
三尊の出現とみて、実際にその光の中に
「阿弥陀仏」「観音菩薩」「勢至菩薩」の
姿が見えると言われ、
これを拝むと幸運が得られるという信仰が
古くからありました。
江戸では、この三光 (さんこう) を拝もうと
人々は小高い所や海に面した所、例えば、
築地海手、深川洲崎、湯島天満宮の境内、
飯田町九段坂上、日暮 (ひぐらし) 諏訪神社の台、
目白不動尊の境内、芝浦の海岸などに集まり、
海際に真菰を敷いて座って、
念仏や題目を唱えたり、お経を読みながら、
月の出を待つ信心深い人達もいたようです。
賑やかに月を待つ
始めこそ「月待信仰」の儀式としての
形をしていましたが、年月を経るうちに
いつしか「月」よりも
それを待つ時間の方が行事のメインとなり、
飲めや歌えの大騒ぎをするお祭りのように
なってしまいました。
特に、芝高輪から品川の海岸は
多くの人で賑わい、月見舟が出たり、
普段は日暮までの営業の掛茶店も
この日は夜更けまで客人を待つことが許され、
繁盛しました。
こうした酒楼で月を待つ客は、
蔭芝居や手踊、音曲八人芸、写し絵などを
する者を呼んで宴を楽しみました。
・蔭芝居（かげしばい）
拍子木・銅鑼などの鳴り物入りで、
役者の声色だけで
芝居の一場面を演じる芸。
・音曲八人芸（おんぎょくはちにんげい）
一人で八人分の楽器の演奏や声色などを
聞かせる江戸時代の寄席芸。
路上には酒食の屋台が並び、
講釈や落語、鳴物などの寄席も行われました。
江府の良賤兼日より約し過て品川高輪の海亭に宴を儲け、歌舞吹弾の業を催するが故に、都下の歌妓幇間女伶の属群 (たぐい) をなしてこの地に集う。或いは船をうかべて飲宴するもの尠からずして、弦歌水陸に喧し。
『東都歳時記』
但し、この行事は「天保の改革」以降は
規制を受けてめっきり衰えてしまいました。
二十六夜山
山梨県都留市には、標高は1,297mの
「二十六夜山」(にじゅうろくやさん) という名前の
山があります。
頂きからの富士山と御正体山の眺めは抜群で、
下山すれば温泉「芭蕉月待ちの湯」があって、
高アルカリ性の温泉が楽しめることから、
ハイキングコースとしても人気がある山です。
「二十六夜山」の名前の由来は、
やはり旧暦の正月と7月26日の夜に行われていた
「二十六夜待」だそうです。
山梨県の上野原市、都留市、道志村の
3つの隣接する地域の中央に
「道志山塊」という山の一群があり、
かつて村人達は山頂で飲食などを共にしながら
月が出るのを待って、
「道志山塊」から上がる月を拝む行事を
していたそうです。
山頂には「二十六夜塔」があります。
但し残念ながら、こちらでも現在、
「二十六夜待」を行う人はいないそうです。
紺屋と六夜待
江戸には藍玉問屋が36軒あり、
株仲間を構成し、
これらにそれぞれ紺屋が関係していました。
江戸に限らず、各地方都市の紺屋仲間達は、
「愛染明王」を信仰していました。
「愛染明王」(あいぞめみょうおう) は、
本来は天部の荒々しい神格であり、
弓矢を携えた武運の神とされていました。
しかし大黒天や毘沙門天などと同様に、
日本化していくプロセスで、
穏やかな守護神に転化しました。
というのは、「愛染」という名称が
愛情を染着する意味に理解されて、
特に女性の恋や愛に絡まる霊験が強調された
ためです。
「愛染明王」が染色業者、
取り分け、藍染の仕事に関わる業者に
信仰されるようになった理由として、
いくつか挙げられます。
その一つは、愛染の「愛 (アイ)」と
藍染の「藍(アイ)」の発音が同じであり、
愛染という字が「アイゾメ」とも読めるため
です。
また「愛染明王」の台座の下にある宝瓶を
藍の液が入る藍甕 (あいがめ) に見立てたため
とも言われています。
また「愛染明王」が全てのものに
色彩を与える力を持つとされていたため、
結果的に色に関係する人々の
信仰の対象になったとも考えられています。
江戸の「紺屋」は
「六夜待」と称する信仰集団を作って、
二十六日の夜に「愛染明王」を祀って、
熱心に月に願を掛けました。
そして「六夜待」の月参りの場所として
取り分け有名なのは、
現在も板橋区大和町にある日曜寺です。
日曜寺は、古くから「板橋の愛染さま」として
親しまれてきたお寺で、
江戸市中の染色業者からの信仰を
集めていました。
日曜寺に現存する手洗い石には、
「天保十己亥季七月吉祥日。
願主武州足立郡原馬室村八番組、
今夜和七、同職人中」と彫られています。
なお日曜寺には、今でもお参りをする
染物屋の集まり「東京愛染講」があるそうです｡
