
旧暦の6月1日は、
「氷室の節句」「氷の節句」「氷の朔日」と
言われています。
氷室の節句
平安時代、宮中では毎年、毎年陰暦6月朔日に
「氷室」の氷を取り寄せ、天皇に献上した他、
群臣にも賜って、暑気を払いました。
平安時代の『延喜式』(主水)には、
各地の「氷室」は朝廷で管理し、
天皇には4月1日から9月末日まで、
諸臣には5月5日から8月末日までの期間、
氷が配給されていたことが記されています。
天皇用の配給氷の量は、
猛暑の6~7月は三駄(約350㎏)と大量です。
当時は、「氷室」の氷を口にすると
夏痩せしないと信じられていました。
また「氷室」の氷の解け具合によって、
その年の豊凶を占ったといいます。
清少納言の『枕草子』には、
「あてなるもの。削氷にあまづら入れて、
新しき金椀に入れたる」とあります。
つまり、かき氷に甘い甘味料をかけて
食べていました。

室町時代になると、宮中では
毎年6月1日(旧暦)を「氷室の節句」とし、
氷室の氷を群臣に賜り、
「夏越の祓」とする行事になりました。
江戸幕府では、「氷室」の氷の代わりに、
氷餅や折餠 (餅を薄く切って炙った煎餅)を
配って祝ったと言います。
氷が手に入らない庶民の間でも、
旧暦6月1日を「氷の朔日」と呼んで、
氷の代わりに、正月の餅を乾燥させて
保存しておいたものを食べる習わしが
全国的にあったと言います。
氷室開き
石川県金沢市の湯涌温泉では、毎年6月30日に
「氷室開き」が行われています。
加賀藩が江戸幕府に天然の氷雪を献上していた
歴史に由来する伝統行事です。
毎年1月末には雪を氷室小屋に詰める
「氷室の仕込み初め」を行い、半年後、
氷室小屋で仏事の後、切出された雪氷を
薬師寺へ奉納します。
そして翌7月1日に「氷室饅頭」を食べます。
金沢では毎年7月1日を「氷室の日」として、
地元の和菓子屋は「氷室饅頭」を大々的に
売り出し、人々は列をなして買い求めます。
水無月
京都では、陰暦6月晦日の「夏越の祓」に
「水無月」を食べて
ひと夏を健康に過ごすことを願いました。
「氷室の節句」に「氷餅」を食べたくても、
氷は貴重であったため、代わりに、
「白いういろう」を三角に切り、
小豆あんを載せて食べました。
小豆の赤い色や三角の形には
「魔除け」の意味があります。
他にも「御所氷室」や「夏越川」など、
「氷室」に因んだ銘菓があるのは、
「氷室」の所縁を伝えるものです。
歯固め
「正月」に固いものを食べる慣習を
「歯固め」と言いますが、
「氷の朔日」にも、乾餅や折餅(へぎもち)を
食べる習わしがありました。
歯応えのある固い物を食べて「歯固め」をし、
健康で丈夫に過ごすことが出来るようにと
願いました。