「氷室」(ひむろ) は、冬にできた天然の氷を
夏まで保存するための施設のことです。
「氷室」(ひむろ)とは

冷蔵庫も製氷技術もなかった昔、
人々にとって夏の猛暑を凌ぐのは
大変なことでした。
そこで、涼しい山影の杉木立に包まれた山中に
深い穴を掘って、そこに茅を敷き、
その上に冬に降り積もった雪や天然の氷を載せ
その上に枯れ草や杉皮などで覆って、
夏まで貯えました。
その場所を「氷室」(ひむろ)と言います。

このように、天然氷を「氷室」に貯蔵し、
夏季になってその氷を利用する習慣は
日本でも古い時代から行われていて、
昭和の初め頃まで各地で伝えられていました。
「氷室」の歴史
氷室の起源「都祁氷室」(つげのひむろ)
日本における「氷」を利用した歴史は古く、
『日本書紀』に、仁徳天皇62年条に、
応神天皇の皇子・額田大中津彦皇子 が
「氷室」を発見し、その氷を持って帰り、
天皇に奉ったところ
大変お喜びになられたと記されています。
なお、この「氷室」の構造は、
土を約3mぐらい掘って厚く茅 (かや) を敷き、
その上に氷を置いて、
草で覆ったものだったそうです。
土を掘ること丈余(ひとつえあまり=3m)、
草を以て其の上に蓋(ふ)く。
敦(あつ)く茅荻(すすき)を敷きて、
氷を取りて、以て其の上に置く(仁徳62年)

そしてそれを裏付けるように昭和63(1988)年、
長屋王邸跡から大量の木簡が発掘された際、
その中に「都祁氷室」(つげのひむろ) と記された
木簡も発見され、その存在が確かめられました。
更にその3年後の平成3(1991)年には、
奈良県都祁村(当時)で
8世紀末~9世紀初頭に造られたと見られる
「氷室」の遺構が出土しました。
なお、奈良県の天理市には、
この福住の「氷室跡」が残っていて、
「氷室神社」として知られています。
毎年7月1日には「献氷祭」が行われています。
なお福住町は、奈良盆地よりも400m高い、
海抜480m前後の高地にあり、
平均気温も盆地よりは3度低いため、
ここに「氷室」が置かれたのでしょう。
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奈良時代
『大宝律令』(701)では、宮内省管轄で、
「主水司」(もひとりのつかさ) という、
宮中の飲料水や醤・粥・「氷室」のことなどを
司る役所が設けられました。
「モヒ」は、元来、
飲料水を入れる容器の名称でしたが、後に
飲料水自体を表わすようになりました。
平安時代
平安時代の『延喜式』(主水)によると、
山城 (十室半)・大和 (二室半)・河内 (二室)・
近江 (二室半)・丹波 (三室半) の5ケ国に
合計21ヶ所の「氷室」が設けられ、
同じ5ヶ国に氷を生産するための「氷池」が
合計540ヶ所もの池があり、
これらは朝廷で管理していました。
現在、京都市内には、「北区衣笠氷室町」
「北区西賀茂氷室町」「左京区上高野氷室山」
などの地名が見られますが、
これらはいずれも『延喜式』に記されている
「氷室」に由来する地名と推測されています。

そしてこの「氷室」から、
天皇には4月1日から9月末日まで、
諸臣には5月5日から8月末日までの期間、
氷が配給されていたことが記されています。
この配給される氷は、
「元日節会」の「諸司奏」(しょしのそう) で
主水司が厚みを報告した氷を使いました。
元日節会(がんじつのせちえ)
朝賀の儀の後、紫宸殿で行われた祝宴。
天皇出御後、まず、役人が天皇に報告する
儀式「諸司奏」(しょしそう) が行われました。
報告されたのは、次の三つです。
陰陽寮の「暦奏」(こよみのそう)
新しく作成された翌年の暦
宮内省の「氷様奏」(ひのためしのそう)
氷室に兆蔵した氷の厚さ
氷が厚いと豊年の徴とされ、
1年の吉凶を占う意味があったようです
太宰府の「腹赤奏」(はらかのそう)
大宰府から朝廷に献上された
「腹赤」(はらから) という魚
江戸時代

江戸時代には、毎年6月1日(旧暦)に合わせて
加賀藩から将軍家へ氷室の氷を献上する
慣わしがありました。
加賀藩では、大寒の時期に
「氷室蔵」と呼ばれる貯蔵庫に雪を詰め、
旧暦6月1日にこの雪氷を切り出して、
江戸幕府に献上しました。

また雪国各地では、氷の代用品として
雪を使った「雪室」(ゆきむろ)を作って、
庶民でも手に入れることが出来たようです。
明治以降
開国後は、はるばる米ボストンから天然氷
(通称「ボストン氷」)を輸入していましたが、
中川嘉兵衛が五稜郭で切り出した氷を
「函館氷」と命名して販売し成功しました。


戦後、冷凍冷蔵庫の普及、
高度経済成長による雪国からの人口流出、
そして衛生基準の厳格化に伴い、
「氷室」や「雪室」は消えていきました。

日本三大氷室
大正時代に600軒弱、昭和初期に100軒以上の
「氷室」がありましたが、
現在、日本には天然氷を保管する「氷室」は
たった5つしか残っていません。
近年の天然氷を使った「かき氷」のブームで、
栃木県日光市にある3つの氷室、
「松月氷室」(しょうげつひむろ)、
「四代目徳次郎」(よんだいめとくじろう)、
「三ツ星氷室」(みつぼしひむろ) が
「日本三大氷室」として一躍有名になりました。