
「虹」は、空気中の水滴がプリズムとなって、
太陽光を反射し、
太陽光の波長の違いによって色分けされて
見えるものです。
そのため、波長の長い赤は虹の外側に、
波長の短い紫は一番内側に見えます。
外側から
| 赤 | 橙 | 黄 | 緑 | 青 | 藍 | 紫 |
の順番で7色の虹が掛かるとされています。
でも、これは日本でのお話で、
実はこの定義は国により様々なのです。
日本と同じ7色は、
イタリア、オランダ、韓国などです。
米国や英国では、
一般的に「虹」は6色とされていて、
藍色を区別しません。
ドイツ、フランス、中国、メキシコなどでは、紫も区別しないので5色。
ロシア、インドネシアなどの国は、
更に橙色を区別しないので4色。
アフリカ諸国に至っては、
虹は暖色と寒色のみの
2色としている部族もあるそうです。
そもそも、色の名前が多く、
色の認識も多い日本と、
そうではないアフリカ諸国の
色彩感覚を共通認識とする訳には
いかないのでしょう。
「虹」は連続して変化した色の帯ですから、
はっきりとした色の境目がある訳では
ありません。
また色の名前がない場合は、
色を識別することは出来ません。
ですから、何色と捉えるのかは、
その国の文化によって違いが出てきます。
日本では馴染み深い藍色を、
日本人は虹の色として捉えることが出来るため
欧米では6色と言われている虹を、
7色と感じることが出来るのでしょう。
ところで「虹」の色彩学上の定義は7色です。
これは、英国の物理学者の
アイザック・ニュートン (1643-1727) が、
当時の英国で「赤・黄・緑・青・紫」の5色と
考えられていたところに、
オレンジの橙とインディゴの藍を加えて
7色としたのです。
しかし、実際のニュートンが
「虹」が7色と見分けた訳ではありません。
実験をしてみると分かりますが、
太陽の光をプリズムで分けても、
光はクッキリと7つに区切れたりは
しないのです。
色の境目が曖昧で、
連続的な色のグラデーションなっていて、
ぼおっと各色が繋がった帯になっています。
7色よりもっと無数の色があるようにも
見えます。
ところで、ニュートンが「7色」としたのは、
当時の世相が影響しています。
ニュートンの時代の300年前のヨーロッパでは、
音楽が学問のひとつで、
音楽と自然現象を結び付けることが大事だと
考えられていました。
そこでニュートンも、1666年頃、
プリズム実験で得られた光の帯を、
音階(ドレミファソラシ)になぞらえて
7色に分類したことが発端です。
ニュートンの「三大発見」のひとつ
「白色光の分解(分光現象)」です。
1664年、ペストという病気が大流行して、ニュートンがいたケンブリッジ大学は
一時閉鎖されることになりました。
ニュートンはペスト禍から逃れて故郷の田舎で
後に3大発見と言われる
「万有引力」 「光の分析」 「微分積分の計算法」
の研究を一挙に行いました。
22~23歳にかけての
1年半程の間の出来事でした。
ニュートンが行なった実験や研究は、
『プリンキピア』『オプティクス (光学) 』
という2冊の本にまとめられています。
この2冊は、300年経った今でも、
科学者や科学者を目指す人が読むべき本として
世界中で愛読されています。
なお「虹は7色である」という考え方や
その実験方法は、
『オプティクス』に載っています。
ところでこのように
イギリスの物理学者のニュートンが、
虹の色を「7色」と定義したのですが、
現在、イギリスでは虹の色の数は
「6色」とされています。