『夏は来ぬ』(なつはきぬ)は、
明治29(1896)年に発表された
初夏を彩る風物を歌った童謡唱歌です。
唱歌『夏は来ぬ』
『夏は来ぬ』(なつはきぬ)は、
小山作之助(こやま さくのすけ)作曲のメロディーに
佐佐木信綱(ささき のぶつな)が作詞した
日本の初夏を象徴する歌として
愛されてきた唱歌です。
明治29(1896)年5月に、
*『新編教育唱歌集 (第五集)』にて
発表されました。
*『新編教育唱歌集』(しんぺんきょういくしょうかしゅう)
文部省の検定を受けた民間の教科書のひとつで、
第1集から第8集まで全247曲が収録されている
唱歌集です。
小学校、尋常師範学校、高等女学校、音楽講習会の唱歌教材として、文部省選定の儀式唱歌や、
音楽取調掛・編集した「幼稚園唱歌集」「小学唱歌集」
からも多数採用していますが、新作や他の図書に発表されていたものなども収録されており、
収録曲は国家主義的な皇国思想や徳目に極端に
偏らない立場で幅広く選曲されています。
平成19(2007)年には「日本の歌百選」に選出。
平成27(2015)年3月14日に開業した
『夏は来ぬ』は、曲の旋律もさることながら、
歌詩には、初夏を象徴する季語や動植物が
ふんだんに織り込められています。
『夏は来ぬ』
卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
五月雨(さみだれ)の 注ぐ山田に
早乙女が 裳裾(もすそ)濡らして
玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
橘の 薫る軒端(のきば)の
窓近く 蛍飛びかい
怠り諌むる 夏は来ぬ
楝(おうち)ちる 川べの宿の
門遠く 水鶏(くいな)声して
夕月涼しき 夏は来ぬ
五月やみ 蛍飛び交い
水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植え渡す 夏は来ぬ
1番の歌詞
卯の花(うのはな)
「卯の花」とは、初夏に白い花を咲かせる
「空木(うつぎ)の花のことです。
「卯の花」の名前の由来は、
房状の花が白い兎(卯)のようだからとか、
旧暦の4月(卯月)頃に咲くことから
「卯月の花」=「卯の花」とも言います。
夏に入ると、梔子の花や蜜柑の花のように
白い花が次々咲きます。
「卯の花」はその最初の花で、
夏を告げる花です。
時鳥(ほととぎす)
「時鳥」は、五月頃に南から日本に渡って来て、
夏を告げる鳥です。
鳴き声を愛でる鳥で、
「キョッキョッキョキョキョキョ」と鳴き、
その年、初めて聞く時鳥の声を
「初音」(はつね)と言います。
時鳥は昼だけでなく夜も鳴きますが、
この夜に密かに鳴くことを
「忍音」(しのびね)と言います。
2番の歌詞
五月雨(さみだれ)
旧暦の5月頃に降る、
梅雨の時期の長雨を指す言葉です。
「さ」は五月(さつき)の「さ」、
「みだれ」は水垂れを表します。
五月(皐月)は田植えの月として
「早苗月」(さなえつき)とも言います。
早乙女(さおとめ)
田植えをする女性のこと。
早乙女の「サ」は
「サガミ(田の神)」のことです。
田植を担当するのはもっぱら
この「早乙女」と呼ばれる女性達で、
紺絣に赤襷、手甲脚絆(てつこうきゃはん)、白手拭いに菅笠と言う晴れ着で、
田植え歌を歌いながら、
早苗を手に一列になって
一株ずつ植えていきました。
田植機械のまだなかった頃、
田植えは村の共同作用で行われ、
一種の神事でした。
「裳裾」(もすそ)とは衣服の裾のことです。
玉苗(たまなえ)
「早苗」(さなえ)の美称。
苗代(なわしろ)から田へ移し植えられる
苗を意味しています。
3番の歌詞
橘(たちばな)
橘はミカン科の常緑低木の日本橘のことです。
『古今和歌集』に「五月待つ 花橘の 香をかげば
昔の人の 袖の香ぞする」とあるように、
旧暦五月は、橘の花の咲く頃なので
「橘月」という異称があります。
蛍(ほたる)
蛍は、かつては田植えが終わった頃、
そここの水辺で目にすることは
珍しいことではありませんでした。
歌詞の「蛍飛びかい おこたり諌むる」は
「蛍雪の功」(けいせつのこう)という
「晋書 ―車胤 伝」の故事を踏まえ、
夏の夜も怠らず勉学に励めと、
まるで飛び交う蛍に諌められているかのような
表現となっています。
「蛍雪の功」(けいせつのこう)とは、苦学した成果、
または、苦労して学問に励むことです。
これは、古代中国・晋(しん)の車胤(しゃいん)は、
家が貧しくて油を買えなかったので、
夏には蛍を集めて袋に入れて、その光で書を読むなど日夜勉学に勤しみ、遂には出世して
尚書郎(しょうしょろう)という官吏となり、
孫康(そんこう)もまた家貧しく、冬に雪に反射する
光で本を読み、その功により御史大夫(ぎょしたいふ)になったという故事による言葉。
かつては卒業式でよく歌われた
唱歌『蛍の光』の歌詞の冒頭の
「蛍の光、窓の雪」も、
同じエピソードを下敷きにした表現です。
4番の歌詞
楝(おうち)
「楝」(おうち)は、
初夏に薄紫色の花をつける
落葉樹の「栴檀」(せんだん)の古名です。
遠くからは白く煙っているように見え、
雨の多い時期の花だけに、
濡れている様もまた美しいです。
水鶏(くいな)
ツル目クイナ科の鳥。
水田、水辺の草むらで生活していますが、
半夜行性で警戒心が強く、
余り人前に姿を現わしません。
水鶏の雄は繁殖期の夜に、
「キョッキョッキョキョ」とか「コツコツ」と
戸を叩くような声で甲高く鳴きますが、
これを「水鶏叩く」と言います。
古典文学では「くいな」と
「たたく」「門」「扉」などの単語と
関連付けられて用いられてきました。
夏の月(なつのつき)
昼間の炎暑から解放されて、
やっと見上げた空に認める月であり、
短夜の暁の闇の残る月のこと。
暑さを避けて涼みに出たり、
窓を開けたりということの多い夏は
月を見る機会も多いですね。
5番の歌詞
5番は、『夏は来ぬ』の1番から4番までの
歌詞に登場した言葉をまとめて再登場させ、
歌全体を締めくくるような構成が
採られています。
五月闇(さつきやみ)
陰暦5月の五月雨(梅雨)が降る頃の
暗闇を言います。
昼間の厚い雲に覆われた暗さでもありますが、
月のない闇夜のことでもあります。
早苗(さなえ)
代田に植える稲の苗のこと。
種蒔きから約1か月半、
苗代に蒔いた種籾が20㎝程に伸び、
青々と美しく育ち、
移植に十分適した稲の苗のこと。
早苗の「サ」は「サガミ(田の神)」のこと。
佐佐木信綱(ささき のぶつな)
佐佐木信綱(ささき のぶつな)氏は、
明治から昭和を生きた歌人で、
古典文学者、『万葉集』の研究者としても
著名な国文学者としても知られ、
第一回文化勲章を受賞しました。
第二次世界大戦時、兵士達が
各々の胸ポケットに携えて
戦地に赴いたことで名高い
岩波文庫の『新訓萬葉集』の編者でした。
歌人・佐佐木弘綱氏の長男として生まれ、
父の指導の下、満4才の時には『万葉集』、
『古今集山家集』の名歌を暗誦し、
5才にて作歌もしたそうです。
『万葉集』などの古典文学は
身体の中に染み付いていたのでしょう。
「夏は来ぬ」にも、
随所にその片鱗が現れていますね。
「日本の歌百選」一覧
仰げば尊し | 作詞:大槻文彦・里見義 加部厳夫訳詞 作曲:H.N.D. |
赤い靴 | 作詞:野口雨情 作曲:本居長世 |
赤とんぼ | 作詞:三木露風 作曲:山田耕筰 |
朝はどこから | 作詞:森まさる 作曲:橋本国彦 |
あの町この町 | 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 |
あめふり | 作詞:北原白秋 作曲:中山晋平 |
雨降りお月さん | 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 |
あめふりくまのこ | 作詞:鶴見正夫 作曲:湯山昭 |
いい日旅立ち | 作詞:谷村新司 作曲:谷村新司 |
いつでも夢を | 作詞:佐伯孝夫 作曲:吉田正 |
犬のおまわりさん | 作詞:さとうよしみ 作曲:大中恩 |
上を向いて歩こう | 作詞:永六輔 作曲:中村八大 |
海 | 作詞:林柳波 作曲:井上武士 |
うれしいひなまつり | 作詞:サトウハチロー 作曲:河村光陽 |
江戸子守唄 | 作詞:日本古謡 作曲:日本古謡 |
おうま | 作詞:林柳波 作曲:松島つね |
大きな栗の木の下で | 作詞:不詳 2-3番阪田寛夫 作曲:イギリス民謡 |
大きな古時計 | 作詞:保富庚午訳詞 作曲:ヘンリ・ クレイ・ワーク |
おかあさん | 作詞:田中ナナ 作曲:中田喜直 |
お正月 | 作詞:東くめ 作曲:瀧廉太郎 |
おはなしゆびさん | 作詞:香山美子 作曲:湯山昭 |
朧月夜 | 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 |
思い出のアルバム | 作詞:増子とし 作曲:本多鉄 |
おもちゃのチャチャチャ | 作詞:野坂昭如 吉岡治補作詞 作曲:越部信義 |
かあさんの歌 | 作詞:窪田聡 作曲:窪田聡 |
風 | 作詞:西條八十訳詞 作曲:草川信 |
肩たたき | 作詞:西條八十 作曲:中山晋平 |
かもめの水兵さん | 作詞:武内俊子 作曲:河村光陽 |
からたちの花 | 作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰 |
川の流れのように | 作詞:秋元康 作曲:見岳章 |
汽車 | 作詞:文部省唱歌 作曲:大和田愛羅 |
汽車ポッポ | 作詞:富原薫 作曲:草川信 |
今日の日はさようなら | 作詞:金子詔一 作曲:金子詔一 |
靴が鳴る | 作詞:清水かつら 作曲:弘田龍太郎 |
こいのぼり | 作詞:近藤宮子 作曲:不詳 |
高校三年生 | 作詞:丘灯至夫 作曲:遠藤実 |
荒城の月 | 作詞:土井晩翠 作曲:瀧廉太郎 |
秋桜 | 作詞:さだまさし 作曲:さだまさし |
この道 | 作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰 |
こんにちは赤ちゃん | 作詞:永六輔 作曲:中村八大 |
さくら貝の歌 | 作詞:土屋花情 作曲:八洲秀章 |
さくらさくら | 作詞:日本古謡 作曲:日本古謡 |
サッちゃん | 作詞:阪田寛夫 作曲:大中恩 |
里の秋 | 作詞:斎藤信夫 作曲:海沼実 |
幸せなら手をたたこう | 作詞:木村利人訳詞 作曲:アメリカ民謡 |
叱られて | 作詞:清水かつら 作曲:弘田龍太郎 |
四季の歌 | 作詞:荒木とよひさ 作曲:荒木とよひさ |
時代 | 作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき |
シャボン玉 | 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 |
ずいずいずっころばし | 作詞:わらべうた 作曲:わらべうた |
スキー | 作詞:時雨音羽 作曲:平井康三郎 |
背くらべ | 作詞:海野厚 作曲:中山晋平 |
世界に一つだけの花 | 作詞:槇原敬之 作曲:槇原敬之 |
ぞうさん | 作詞:まど・みちお 作曲:團伊玖磨 |
早春賦 | 作詞:吉丸一昌 作曲:中田章 |
たきび | 作詞:巽聖歌 作曲:渡辺茂 |
ちいさい秋みつけた | 作詞:サトウハチロー 作曲:中田喜直 |
茶摘み | 作詞:文部省唱歌 作曲:文部省唱歌 |
チューリップ | 作詞:近藤宮子 作曲:井上武士 |
月の沙漠 | 作詞:加藤まさを 作曲:佐々木すぐる |
翼をください | 作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦 |
手のひらを太陽に | 作詞:やなせたかし 作曲:いずみたく |
通りゃんせ | 作詞:わらべうた 作曲:わらべうた |
どこかで春が | 作詞:百田宗治 作曲:草川信 |
ドレミの歌 | 作詞:ペギー葉山訳詞 作曲:リチャード・ ロジャース |
どんぐりころころ | 作詞:青木存義 作曲:梁田貞 |
とんぼのめがね | 作詞:額賀誠志 作曲:平井康三郎 |
ないしょ話 | 作詞:結城よしを 作曲:山口保治 |
涙そうそう | 作詞:森山良子 作曲:BEGIN |
夏の思い出 | 作詞:江間章子 作曲:中田喜直 |
夏は来ぬ | 作詞:佐佐木信綱 作曲:小山作之助 |
七つの子 | 作詞:野口雨情 作曲:本居長世 |
花 | 作詞:武島羽衣 作曲:瀧廉太郎 |
花 すべての人の心に花を |
作詞:喜納昌吉 作曲:喜納昌吉 |
花の街 | 作詞:江間章子 作曲:團伊玖磨 |
埴生の宿 | 作詞:里見義訳詞 作曲:ヘンリー・ロ-リ-・ ビショップ |
浜千鳥 | 作詞:鹿島鳴秋 作曲:弘田龍太郎 |
浜辺の歌 | 作詞:林古渓 作曲:成田為三 |
春が来た | 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 |
春の小川 | 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 |
ふじの山 | 作詞:巖谷小波 作曲:文部省唱歌 |
冬景色 | 作詞:文部省唱歌 作曲:文部省唱歌 |
冬の星座 | 作詞:堀内敬三訳詞 作曲:ウィリアム ・ヘイス |
故郷 | 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 |
蛍の光 | 作詞:稲垣千穎 作曲:スコットランド民謡 |
牧場の朝 | 作詞:杉村楚人冠 作曲:船橋榮吉 |
作詞:永六輔 作曲:いずみたく |
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みかんの花咲く丘 | 作詞:加藤省吾 作曲:海沼実 |
虫のこえ | 作詞:文部省唱歌 作曲:文部省唱歌 |
むすんでひらいて | 作詞:文部省唱歌 作曲:ジャン=ジャック・ ルソー |
村祭 | 作詞:葛原しげる 作曲:南能衛 |
めだかの学校 | 作詞:茶木滋 作曲:中田喜直 |
もみじ | 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 |
椰子の実 | 作詞:島崎藤村 作曲:大中寅二 |
夕日 | 作詞:葛原しげる 作曲:室崎琴月 |
夕焼小焼 | 作詞:中村雨紅 作曲:草川信 |
雪 | 作詞:文部省唱歌 作曲:文部省唱歌 |
揺籃のうた | 作詞:北原白秋 作曲:草川信 |
旅愁 | 作詞:犬童球渓訳詞 作曲:ジョン ・P・オードウェイ |
リンゴの唄 | 作詞:サトウハチロー 作曲:万城目正 |
われは海の子 | 作詞:宮原晃一郎 作曲:文部省唱歌 |