かつて「夏」は、
食あたりや疫病が流行する
危険な季節でもありました。
「夏の暑さ」による
病気や傷害を表す季語が
意外と多くあります。
- 暑気中り(しょきあたり)
- 水中り(みずあたり)
- 夏痩せ(なつやせ)
- 脚気(かっけ)
- 寝冷え(ねびえ)
- 夏風邪(なつかぜ)
- 日焼け(ひやけ)
- 日射病(にっしゃびょう)
- 霍乱(かくらん)
- 汗疹(あせも)
- 夏沸瘡(なつぼし)
- 水虫(みずむし)
- 麻疹(ましん)
- 赤痢(せきり)
- 疫痢(えきり)
- コレラ
- 瘧(おこり)、マラリア
- 恙虫病(つつがむしびょう)
暑気中り(しょきあたり)
連日の暑さが原因で、
食欲もなく、体力・気力共に弱まり、
ぐったりしてしまうことを
「暑気中り」(しょきあたり)と言います。
「暑さ負け」「夏負け」「夏バテ」などと
言われることもあります。
ただ「暑気中り」(しょきあたり)は
「夏負け」などよりも重症感の漂う言葉です。
水中り(みずあたり)
生水を飲んだことが原因で、
腹の具合に変調を来して起こす、
腹痛や下痢の症状を
「水中り」(みずあたり)と言います。
夏は水も悪くなりやすく、
主として旅先などでの慣れない水は
特に注意が必要です。
また大量に水分の摂り過ぎて、
下痢を起こすことも
「水中り」(みずあたり)と言います。
夏痩せ(なつやせ)
夏の暑さのために、ぐったりと疲労すると、
食欲が減退し、体が衰弱して痩せてしまいます。
「夏瘦せ」(なつやせ)と言います。
脚気(かっけ)
「脚気」(かっけ) は、ビタミンB1の不足が原因で
心不全と末梢神経障害を来す疾患です。
心不全によって下肢の浮腫みが、
神経障害によって下肢の痺れが起きることから
「脚気」(かっけ) と呼ばれ、
B1の消費量が多い夏場によく発症したので
夏の季語とされています。
『源氏物語』や『枕草子』に登場する
「あしのけ」は「脚気」を表す言葉です。
また江戸において「脚気」が流行したため
「江戸患い」という名称がつきました。
寝冷え(ねびえ)
蒸し暑い夜に油断して裸で寝たり、
夏掛けなどを剥いで寝たりすると、
明け方に冷え過ぎて体調を崩して、
夏風邪を引いたり、
腹痛、下痢を起こしたりすることを
「寝冷え」(ねびえ)と言います。
夏風邪(なつかぜ)
夏に引く風邪のことを
「夏風邪」(なつかぜ)と言います。
風邪のほとんどはウイルス感染が原因で起こり、
その多くは寒くて乾燥した環境を好むため、
冬に風邪やインフルエンザが大流行します。
ところがウイルスの中には、暑くて湿度が高い
夏の環境を好むものもいます。
夏風邪ウイルスは、喉や腸で増えるため、
「夏風邪」と言えば、喉の痛みや激しい咳、
腹痛・下痢といった症状が特徴です。
また夏風邪ウイルスのほとんどが
お腹の中で増殖するため、
体外に排出されるまで時間が掛かる上、
夏は食欲不振などにより
体力や免疫力が落ちやすいため、
夏風邪は治りが遅く、憂鬱なものです。
日焼け(ひやけ)
強い紫外線を浴びて、皮膚に炎症が発生する
ことを「日焼け」(ひやけ) と言います。
日射病(にっしゃびょう)
夏の強い直射日光を
長時間浴びたために起こる
急性の疾患を「日射病」と言います。
古くから「中暑」(ちゅうしょ)「霍乱」(かくらん)
「暍病」(えつびょう) などと呼ばれたり、
症状毎に「熱射病」「熱中症」など、
様々な呼び名がありましたが、
平成12(2000)年からは、
暑熱による健康障害を表現を変えなくても
総じて呼べる名前として、
「熱中症」がよく使われるようになり、
「日射病」という言葉は
あまり聞かれなくなりました。
霍乱(かくらん)
漢方で「日射病」を指す言葉です。
あるいは真夏に起きやすい、
身悶えして手足をバタバタさせるほどの
激しい腹痛、下痢、嘔吐を伴う
急性胃腸炎のことを言いました。
短時間のうちに死に至るものもあったようで、
今日のコレラや食中毒などの類を指すと
思われます。
なお「霍乱」と言えば、
「鬼の霍乱」(おにのかくらん) という
言葉を思い出しますが、
これは「鬼」のように無敵とされるものでも、
「霍乱」に罹ることから、
滅多に病気にならない健康そのものの人が、
自嘲的、揶揄的に使用される慣用句です。
汗疹(あせも)
汗が大量に出た後に、顔や胸、首などに出来る粟粒大の赤い水泡性発疹を言います。
汗疹が治らないまま、化膿して赤いおできを「あせものより(乳児多発性汗腺膿瘍)」と
言います。
夏沸瘡(なつぼし)
夏、子供の頭に出来た汗疹 (あせも) に
化膿菌感染が合併して赤く腫れ、膿を持ち、
かさぶたが出来たもの。
抗生剤が存在しなかった時代には、
よく見られたらしいです。
水虫(みずむし)
足や手の皮膚に、カビの一種である
「白癬菌」が寄生して起こる皮膚病を
「水虫」(みずむし) と言います。
夏にひどく痒くなります。
麻疹(ましん)
一般的には「はしか」と言われる
ウイルス感染症の一種で、
発熱や咳、鼻水といった風邪のような症状に
発疹が現れます。
赤痢(せきり)
主に夏に流行することが多い、
「赤痢菌」が混入した飲食物を摂取することで
「赤痢菌」が腸に感染することが原因で起こる伝染病です。
疫痢(えきり)
幼児に起こる「赤痢」の重症型で、
血圧の低下や意識障害などの
循環不全を起こして
急激に全身衰弱が起こる伝染病です。
昔は「肺炎」と並んで
幼児死亡の二大原因でしたが、
現在はほとんどなくなりました。
コレラ
「コレラ菌」による伝染病で、
下痢、脱水症状、血行障害といった症状が
出ます。
更に、感染者の便や吐瀉物から
感染が広がります。
日本には、印・中を経て、江戸時代に流入し、
「ころり」とも呼ばれていました。
明治時代には猛威を奮い、
明治12(1879)年、明治19(1886)年には
それぞれ死者数が10万人を超し、
全国に病院が設置されました。
明治23(1890)年には日本に寄港していた
オスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」の
海軍乗員の多くがコレラに見舞われたという
記録がある他、
明治28(1895)年には日本軍隊内で流行し、
死者が4万人に達したとの記録もあります。
なお、船舶でコレラ患者が出ると、
検疫のために40日間
沖に留め置かれることとなり、
この船を俗に「コレラ船」と呼びます。
瘧(おこり)、マラリア
「瘧」(おこり) とは、マラリアの古名で、
マラリア原虫を媒介する羽斑蚊 (はまだらか) に
刺されて発症する熱病を言います。
発病すると、激しい高熱や頭痛、
震えや悪寒などに周期的に見舞われ、
三日熱と卵形は48時間、
四日熱は72時間の周期で症状が繰り返されます。
治療が遅れ症状が悪化すると、
脳症、意識障害や多臓器不全といった
合併症を引き起こします。
日本でも、戦後、
衛生状態や食糧事情の悪化に加え、
軍人・軍属の外地からの帰還や
在留邦人の引揚げにより、
マラリアが全国的に流行し、
昭和21(1946)年には
マラリア患者数は2万人を超え、
当時の伝染病28種類のうち
5番目に多くの患者数がいたと言われていますが
但し1950年代に医療の発展により
日本国内のマラリアはほぼ撲滅しました。
恙虫病(つつがむしびょう)
「恙虫病」(つつがむしびょう) は
新潟・秋田・山形県の大きな河川の下流地帯
(信濃川、阿賀野川、最上川、雄物川)で
夏に流行する極めて死亡率の高い風土病でした。
野鼠に寄生する「アカツツガムシ (赤恙虫)」という微小なダニの幼虫に刺されてから7-10日後、
発熱 (38-39℃台) で始まり、発熱、悪寒、頭痛、リンパ節の腫れなどの症状が見られます。
現在は、抗菌剤による治療を行えば、
抗菌剤が速やかに効きます。
ところで、小学校唱歌『故郷』(ふるさと) に
「♫ 恙なしや~」と一節がありますが、
昔は上記の「ツツガムシ」というダニの一種に刺されて病気にならないことが
「つつがなし(=平穏無事)」だと
されていたことから来ています。