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蜃気楼(しんきろう)

 

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蜃気楼とは

「蜃気楼」(しんきろう) とは、幻覚ではなく、
大気中の光の屈折によって、
遠くの景色が伸びたり逆さになったり、
実際とは異なって見える現象です。
 
物体はあらゆる方向に光を反射していますが、
私達に見えるのはその一部です。
空気に温度差がない時は、
光は直進するので、
物体と目を結ぶ直線の光が目に見えます。
ところが、空気に温度差があると、
光の進む方向が変わります。
冷たい空気と暖かい空気の間では、光は密度が
大きい冷たい空気の方へカーブします。
 
実際の風景の上に虚像が見える
「上位蜃気楼(=春の蜃気楼)」と、
実際の風景の下に虚像が見える
「下位蜃気楼(=冬の蜃気楼)」の
2種類があります。
 
上位蜃気楼
「上位蜃気楼」(じょういしんきろう)は、
海面付近の冷たい空気が
暖かい上空の空気層と接する際に、
光が上に曲がって、
対岸の建物などが伸び上がって見えたり、
反転した虚像が見える現象です。
 
主に3月下旬から6月上旬の
春の時期に見ることが出来ます。
特に5月は「蜃気楼」の発生率が
一番高い時期です!
 
晴天で微風が吹き、気温が上昇する日の、
11時から16時頃にかけて
対岸の景色が伸展したり反転して
海上に雲か霞が浮かび上がるように現れます。
気温や風などの条件が整わないと
発生することが出来ません。
刻々と変わる気温や風によって
「蜃気楼」の形も変わり、
同じ「蜃気楼」は二度と見られないとまで
言われます。
 
日本では、富山県の富山湾を始め、
滋賀県の琵琶湖や北海道のオホーツク海などで
見ることが出来ます。
 
下位蜃気楼
上層が冷たく下層が暖かい
「上冷下暖」の状況下では、
その境界を通る光が凹状に進むため、
下方向に虚像が見える
「下位蜃気楼」(かいしんきろう) になります。
実像と虚像の境を中心に鏡に映ったように見え
全体として伸びているように見えることも
あります。
 
「下位蜃気楼」は、
日本国内のどこでも見ることが出来、
季節を問わず年中見ることが出来ますが、
海水面温度よりも気温の方が低くなる
秋冬の11月から3月頃、
日射により海面が温められる晴れた日などに
よく見られます。
 
なお、遠くの景色が浮いた島の様に見える
「浮島現象」(うきじまげんしょう)
アスファルトに水溜りがあるように見える
「逃げ水現象」も「下位蜃気楼」です。
 
「蜃気楼」「逃げ水」「陽炎」の
違い
一般的に「蜃気楼」と言われるのは、
「上位蜃気楼」のことを指すことが多いです。
 
強い日射で地面が熱せられた時に見られる
「逃げ水」は蜃気楼の一種「下位蜃気楼」
です。
 
春や夏の日差しが強い日、
地表面で熱せられた空気が軽くなって上昇し、冷たい空気が補給され、
小さな対流がたくさん生じると、
密度の大きい空気と小さい空気が入り乱れて、
通過する光が不規則に屈折して起こる現象を
「陽炎」(かげろう) と言います。
アスファルトや自動車の屋根の上など、
熱を持ちやすい場所で多く見られます。

「蜃気楼」の語源

「蜃気楼」(しんきろう) という言葉は、
紀元前90年頃の前漢時代の歴史家・司馬遷の
『史記』に初めて登場したと言われています。
その中に「海旁蜃気象楼台かいぼうのしんきはろうだいにかたどり
という一節があり、
これが「蜃気楼」の語源とされています。
 
「蜃」(しん) は海中に棲むと言われる
想像上の生き物で、「大蛤」(おおはまぐり)
あるいは龍の仲間である「蛟」(みずち)
言われています。
 
つまり「海旁蜃気象楼台」の意味は、
「海旁(=海のそば)の『蜃』の気は
 楼台(=高い建物)を象 (かたど) る」です。
 

「蜃気楼」の別称

「蜃気楼」は珍しい現象であることから
吉兆の象徴として当時の人々に好まれていたと
考えられます。
 
加賀前田家5代綱紀が、魚津に宿泊した際、
「蜃気楼」を見て吉兆と喜び、
これを「喜見城」(きけんじょう)
名付けたと伝えられられていて、
魚津では、この呼び名が昭和20年代頃まで
「蜃気楼」と併用して一般的に使われていた
そうです。
 
実際の現象としては、東海道の宿場町であった
三重県四日市から見えた
伊勢湾の「蜃気楼」が名所として有名でした。
ただ最近は、「蜃気楼」の報告例は
残念ながらほとんどありません。
古い文献には、勢州(伊勢)桑名では
「きつねのもり」と記されており、
ここでは狐の仕業と思われていたようです。