
江戸三大祭りの一つ「深川八幡祭り」。
令和7(2025)年は、「本祭り」の翌年に行われる
「陰祭」(かげまつり) の年に当たります。
「鳳輦渡御」や「水かけ神輿渡御」は
行われませんが、
「陰祭」ならではの見所満載です!
深川八幡祭り
「深川八幡祭り」の舞台「富岡八幡宮」は、
今から約400年前の寛永4(1627)年に
菅原道真の子孫・長盛法印 (ちょうせいほういん) が
永代嶋と呼ばれた浮島に小さな祠を創始した、
とても歴史のある神社です。
再来年、令和9(2027)年は
「富岡八幡宮 御鎮座四百年記念大祭」が行われ、
日本最大級の「一の宮神輿」の渡御が
予定されているそうです。
8月15日を中心に年に一回行われる
富岡八幡宮の例祭「深川八幡祭り」は、
寛永19(1642)年、当時の将軍・徳川家光の
長男(後の四代将軍・家綱)の
世継誕生と成長を祈念して行われたのが
始まりとされています。
木場の材木業や、佐賀・福住・新川などの米問屋、
倉庫業に働く力自慢の人達が多かったことから、
威勢のよい担ぎ手が多く、
真夏の炎天下の「水掛け」祭りとして
人気があったそうです。
今ではすっかり名物となったこの「水掛け」は
担ぎ手の無事息災を願って
水と塩をかけたのが始まりと言われています。担ぎ手と観客が一体となって作り出す
この光景は圧巻で、「わっしょい!」という
威勢の良い掛け声とともに、
町中が熱気に包まれます。
赤坂の日枝神社の「山王祭」、
神田明神の「神田祭」と並んで、
「江戸三大祭り」の一つに数えられています。
本祭り・陰祭・御本社祭
「深川八幡祭り」は、毎年同じ内容ではなく、
3年を1サイクルとして「本祭り」(ほんまつり)
「陰祭」(かげまつり)「御本社祭」(ごほんしゃさい)
という3つの形式で行われます。
令和7(2025)年は「陰祭」(かげまつり) に当たり、
8月13日(水)から17日(日)に開催されます。
本祭り(ほんまつり)
3年に一度行われる、
最も規模が大きく華やかなお祭りです。
神様が乗った「御鳳輦」(ごほうれん) が渡御し、
そのお礼として各町会の御神輿50基以上が
連合渡御を行います。
「水かけ祭り」としても有名なこのお祭りでは
沿道の観衆から担ぎ手に清めの水が浴びせられ
双方が一体となって盛り上がります。
次回の「本祭り」は、
令和8(2026)年に予定されています。
陰祭(かげまつり)
「本祭り」の翌年に行われるお祭りです。
令和7(2025)年は「陰祭」の年に当たり、
8月13日(水)から17日(日)までの
5日間に渡って開催されます。
「連合渡御」(れんごうとぎょ) や
「御鳳輦」(ごほうれん) の渡御はありませんが、
日本最大級の大きさを誇る
「二の宮神輿」(にのみやみこし) が、
大勢の担ぎ手の威勢のよい掛け声とともに
深川の町を練り歩きます。
3年前の令和4(2022)年はコロナ禍だったことから
トラックに載せての渡御であったため、
大勢の肩に担がれての巡行は
平成30(2018)年以来、7年振りになります。
深川八幡宮の「二の宮神輿」(にのみやみこし) は、
大き過ぎて担ぐのが難しい「一の宮神輿」に
代わって渡御する際に使われている
平成9(1997)年に製作された御神輿です。
重さ約2トン、台輪幅4尺5寸(約136cm)、
高さ10尺8寸(約327cm)もある金色の神輿で、
上部にある鳳凰の目には、
何と2.5カラットのダイヤモンドが埋め込まれて
いるそうです。
なお江戸時代には、紀伊国屋文左衛門が
奉納したと伝えられる宮神輿がありましたが、
大正12(1923)年9月1日に発生した
マグニチュード7.9の「関東大震災」と一緒に
焼けてしまいました。
そこで平成3(1991)年に
当時佐川急便社主だった佐川清氏により、
鳳凰の目には何カラットものダイヤが光り、
ルビーや宝石、純金をふんだんに使った
総重量約4.5トンもある大きな黄金の宮神輿
(「一の宮神輿」)が奉納されました。
ただあまりにも大きくて重かったことから、
担ぐのが困難でした。
御本社祭(ごほんしゃさい)
「本祭り」の前年に行われるお祭りで、
神輿の渡御は行われません。
神事を中心とした厳かな祭礼で、
地域の安寧と五穀豊穣を祈願します。
祭り本来の精神や神聖さに触れられる、
静かで落ち着いた年です。