12月から3月にかけて、
東北から関東地方の各地で
「だるま市」が開催されています。
「だるま」の起源
明の翁人形
明 (1368-1644) では、底に重りをつけて、
倒れてもすぐに起き上がる
「不倒翁」(ふとうおう) と名付けられた張り子の人形が酒客の間でもてはやされていました。
転がしても必ず起き上がる姿が
老いて益々元気な姿を象徴していたためです。
そんな「不倒翁」(ふとうおう) が、室町時代後半、
明から土産品として入ってきました。
翁から童子に変身
日本では酒席で使うのではなく、
転んでも起き上がるところから、
元気な起き上がる子供の姿の張り子人形
「起き上がり小法師」(おきあがりこぼし) に変えて
まず上方で子供の玩具として作られるように
なりました。
童子からだるまへ
享保年間(1716-36)以降、
「起き上がり小法師」が
上方から江戸に伝えられると、
張り子の「だるま」や「七福神」などの
「起き上がり人形」 が作られるようになりました。
中でも「だるま」の形をしたものが
最も人気を集めて代表的な作品となったため、
一般に「起き上がり」と言うと、
張り子製の「だるま」のことを指すように
なりました。
江戸時代中期、白隠慧鶴 (はくいん えかく) が描く「だるま」の絵に似た物を
見立てることが流行すると、
「起き上がり小法師」にも見立てられ、
手も足も見せずに赤い衣を纏った
「起き上がりだるま」が作られたのです。
子供の疱瘡除けに
「起き上がりだるま」は
子供の疱瘡除け (ほうそうよけ) の呪物として
江戸の中期頃から
江戸の市中で売られるようになりました。
張子の「だるま」は軽いので病気が軽く済み、
また寝てもすぐ起き上がるので、
病気がすぐに治るなどと言われたためです。
また、疱瘡 (ほうそう) を司る疱瘡神が
赤い色を嫌うと信じられていたため、
子供が疱瘡に罹ると赤い着物を着せて、
枕元に真っ赤な「だるま」を側において
回復を祈ったのです。
「疱瘡神」(ほうそうがみ・いもがみ) とは、
疫病神の一種で
疱瘡をもたらすと信じられた神のこと。
疱瘡はかつて最も恐れられた疫病の一つですが
一度経験すれば再び罹らないため
通過儀礼の一種と見なされ、
何とか軽く済むようにと疱瘡神を丁重に祀り、
治りかけたら神を送り出すという風習が
広く見られました。
張り子の「だるま」が
全国各地で作られるようになりました。
「七転び八起き」の精神から
縁起物に
「起き上がりだるま」の
倒れても何度でも起き上がる形状は
「七転び八起き」という精神を象徴し、
広く支持されるようになりました。
またすぐに起き上がるという縁起の良さから、
農家では「五穀豊穣」のための「だるま」、
商家では「商売繁盛」のための「だるま」、
他にも「家内安全」「福招き」などの
「開運だるま」が人気を博したことから、
各地で「だるま市」が開催されるように
なりました。
郷土玩具として
全国に広く分布
江戸時代後半には、
普通の鬚達磨以外にも、女達磨、童女型などと
だるまのデザインも多様化し、
地域毎に独自のスタイルが生まれ、
郷土玩具として全国に広く分布しました。
目無しだるま
なお愛知県をほぼ境にして、
東日本では関東地方を中心に
「白目のままの目無しだるま」が、
一方西日本には「黒目の鉢巻きだるま」が
多く見られるそうです。
「目無し達磨」は、祈願をかけ、
成就の際に黒目を入れるもので、
現在でも入試合格や当選などの際に
行われています。
養蚕とだるまの関係
蚕 (かいこ) の一生はおよそ2か月程で、
その短い期間の中で、
卵→幼虫→蛹→成虫へと変わっていきます。
卵から孵化した蚕 (かいこ) の幼虫は、
脱皮を繰り返し、繭糸 (けんし) を吐き、
自らを包む繭を作り、
その中で蛹 (さなぎ) になります。
蚕が脱皮することを「起きる」と言いました。
養蚕が盛んだった地域では
良質な繭が数多く採れるようにと
何度転んでも「起き上がる」だるまを
養蚕のお守りとして、
たくさんの良質な繭が採れるようにと
祈願したのです。
日本三大だるま市
毘沙門天祭だるま市
(びしゃもんてんだるまいち)
静岡県富士市で
「毘沙門さま」として親しまれている
日蓮宗寺院の「香久山妙法寺」で
江戸時代から続く歴史あるだるま市です。
毎年旧暦の1月7日から9日の3日間
(令和8年は2月23日~25日)間開催されます。
富士市は、江戸時代に製紙業が始まった
「紙の町」。
半端な紙を用いて作られたのが
「鈴川だるま」の始まりで、
ひげが控えめで大人しく、表情が優しい、
穏やかな顔をしているのが特徴です。
厄除元三大師大祭 だるま市
(やくよけがんさんだいしたいさい だるまいち)
例年、深大寺山門の紅梅白梅が見頃を迎える
3月3、4日の両日に渡り行われ、
東京に春を呼ぶ風物詩のひとつとして
広く親しまれています。
「深大寺だるま市」として知られていますが、
正式には「厄除元三大師大祭 」」といい、
比叡山中興の祖・元三大師 (がんざんだいし) の
遺徳を讃える縁日として、
江戸中期頃に始まったと言われています。
境内には大小約300余りの露店が軒を連ね、
赤く染めるほどの大小多くのだるまが並びます。
境内のだるま開眼所では、
新しいだるまの左目に「阿(ア)」の字を、
心願叶った納めのだるまの右目には
「吽(ウン)」の字を
僧侶により1つ1つ入れてもらえます。
10時~16時の約1時間毎に
厄難消除・諸願成就の護摩祈願が行われ、
14時には元三大師宝前に
茶菓供物を献じる伝統儀式「百味供養」と
お練り行列が行われます。
高崎だるま市
(たかさきだるまいち)
元日と1月2日に開催される「高崎だるま市」は
だるま生産日本一を誇る高崎で開催される、
全国で最も早い「だるま市」です!
少林山達磨寺は福だるま発祥寺です。
今から200年程前、
天明3年、浅間山の大噴火などの
天変地異が多く起ったことで大飢饉となった
その惨状を見かねた
達磨寺の9代目住職の東嶽和尚(とうがくおしょう)は
生活の苦しかった付近の農民救済のために
開山心越禅師の画かれた
「一筆達磨坐禅像」をもとに木型を彫り、
張り子のだるまの作り方を
豊岡村の山縣友五郎に伝授しました。
そして正月七草大祭の縁日に、
掛け声勇ましく売られるようになったのが
「縁起だるま」の始まりです。
因みに、「上毛かるた」では、
「縁起だるまの 少林山」として
「え」の札に採録されています。
有名なだるまの種類と産地
松川だるま
(宮城県仙台市)
今から190年程前の天保年間に
伊達藩藩士の松川豊之進が武士の内職として
始めたと言われています。
空と海を表現した青い色づけと
お腹には宝船や福の神が描かれるなど
色鮮やかである他、
眉毛に毛を使っていること、
四方八方を見守るために
初めから両目が入っているのが特徴です。
独眼だった仙台藩初代藩主伊達政宗に
配慮したらしいです。
家の繁栄を願い、1年に1体ずつ、
年末から翌1月14日の「どんと祭り」までに
前年より少しずつ大きなものを購入し、
「七転び八起き」になぞらえて、
神棚の左から小さい順に8体並べて飾ります。
そして9体目からは1体ずつ交換して、
「どんと祭り」でお焚き上げ。
七福神が宿っている宝船を描いただるまは、
9年目に初めて買えるものと言われています。
白河だるま
(福島県)
天明3(1783)年、「天明の大飢饉」の中で
白河藩主となった松平定信は、
谷文晁にだるまの意匠を描かせて
産業振興政策の一つとして奨励したことが
「白河だるま」の起源とされています。
顔全体が福々しく、眉には鶴、髭は亀、
顎髭は松、鬢髭は梅、顔の下には竹と、
「鶴亀松竹梅」を取り入れた
縁起の良いだるまです。
例年2月11日、300年以上の歴史を持つ
「白河だるま市」が開催されています。
www.city.shirakawa.fukushima.jp
三角だるま
(新潟県阿賀野市)
赤いだるまはお母さん、青はお父さん。
赤い方が大きく、女性が強いと
家庭が円満になるという意味があるのだ
そうです。
横目使いのおどけた表情と一文字に
「グー」と引き締めた負けん気の「口」は、
いかなる困難も打勝って立上がるという
無限の力強い感動を与えてくれます。
多摩だるま
(東京都)
「多摩だるま」は、東京都瑞穂町を中心に
100年以上前から作られている
伝統的な「東京だるま」のことです。
農家が仕事の閑散期である冬に
副業として始めたのが起源とされています。
多摩地域のだるま市としては、
日本三大だるま市の一つ「深大寺だるま市」、
「青梅だるま市」(青梅市)や
「拝島大師だるま市」(昭島市)などが
有名です。
越谷だるま
(埼玉県)
埼玉県の伝統的手工芸品に指定されている
「越谷張子だるま」は、
関東を中心として各地に届けられています。
越谷だるまは顔の色が比較的白く、
やや鼻の高い上品で優しい表情が特徴です。
甲州だるま
(山梨県)
甲斐の武将・武田信玄公をモチーフにしたとも
言われている「甲州だるま」は、
400年以上の伝統があり、京都から来た僧から
張り子の技術が伝えられたことから
始まったと言われています。
「甲州だるま」は、
だるまの左目(向かって右)から願いを込めて
内側の下まぶた寄りに(より目になるように)目を入れます。
そうすると、神棚に飾った時に
拝む人と目が合うように見えるのです。
そのため「下見だるま」とも呼ばれています。
三原だるま
(広島県三原市)
「三原だるま」は、江戸時代に
疫病を払うものとして作り始められ、
後に城下町で下級武士の副業として
発展したと言われています。
「三原だるま」は、
握りこぶしぐらいの大きさで、
全体がやや縦に長く、
頭に豆絞りの鉢巻きをしており、
顔の面が広くて、眉や目、髭などは
あっさりと墨で描かれています。
毎年2月の第2日曜日を含む3日間
開催されている「三原神明市」は、
別名「だるま市」とも言われ、
高さ3.9m、重さ約500kgもある日本一大きい
「神明大だるま」が設置され、
小学生による「だるま行列」が行われ、
縁起物として鉢巻ダルマが売られています。
