「米」同様、古より日本人の生活の中で
重要な役割を担ってきた「麦」には、
様々な季語があります。
麦の栽培暦
大麦は日本で古くから栽培されてきました。
その大麦の栽培暦は、米との「二毛作」や
米・大豆との輪作として行われることが多く、
水稲や大豆の栽培と一連となった栽培暦が
多く採用されています。
暖地での平均的な大麦の栽培暦は、
11月に播種(麦蒔き)、
2月の初春に「麦踏み」をし、
4~5月に出穂期、登熟期を迎えて、
いよいよ6月になると収穫をします。
そして大麦の収穫が終わり次第、
次作(稲作)の作業に入ります。
初冬の季語
麦蒔(むぎまき)

「麦蒔」(むぎまき) の時期は
その種類や地方によって異なりますが、
およそ8月下旬から12月上旬くらいまでで、
季語としての「麦蒔」は初冬となっています。
「麦蒔」は、
本格的な寒さが訪れる前に終わらせる、
農繁期最後の仕事になります。
麦の芽(むぎのめ)
「麦蒔」(むぎまき) 後、間もなく芽が出て、
冬枯れの厳しい寒さの中、
「麦の芽」は緑も鮮やかに伸びていきます。
春の季語
麦踏(むぎふみ)
「麦踏み」(むぎふみ) は麦作特有の作業です。
まだ麦が伸長を始めていない匍匐状態の時に
上から両足(現在はローラーなど)で
踏むことによって
霜で根が浮き上がるのを防ぎ根張りを良くし、
茎数増加や耐寒性強化をするために行われる
農作業です。
「麦踏み」により強靭な穂を出させると
言われています。
山々に雪が残り、早春の冷たい風が吹く中、
青く伸びた麦をひと踏みひと踏み丁寧に
足で踏みつけていく姿はのどかに見えますが、
実は根気のいる時間の掛かる重労働でした。
今では、機械化されトラクターに
ローラーを取り付け
一気に踏む方式に変わりました。
青麦(あおむぎ)

春の暖かさの中、青々と育った「青麦」が
畑を明るい緑で覆い尽くしていきます。
麦の若葉が出揃い穂が出るまでの間の
初夏の季語
麦の花
4月頃になると麦穂が出て、
それから5~6日経つと花が咲きます。
開花して実が熟すのに35日くらい掛かります。
麦の穂

麦は、4月頃に穂をつけ、5月に入ると色付き、
収穫を迎える時期を迎えます。
麦秋・麦の秋
(ばくしゅう・むぎのあき)
「麦」が実り収穫する時期は旧暦4月半ば過ぎ、
今の暦では5月下旬から5月初めになります。
その初夏のこの時期は
麦にとっての「秋」ということで、
「麦の秋」(むぎのあき) あるいは
「麦秋」(むぎあき・ばくしゅう) と呼ばれます。
「秋」(あき) という言葉の語源は、
食物が豊かに採れる季節。
なお「麦秋」(ばくしゅう) に対して、
秋の稲の取り入れの頃を
「米秋」(べいしゅう) と言います。
日本の古代の考え方では
稲の刈り上げ前夜までが「秋」で、
刈り上げの夜は「冬」でした。
小麦で出穂後42~45日、
大麦では出穂後38~40日目ぐらいで、
水分が35%前後になった時が
実際の「麦」の収穫の時期になります。
麦風(ばくふう)・
麦の秋風(むぎのあきかぜ)・
麦嵐(むぎあらし)
「麦秋」は、「梅雨」に入る前の
束の間の快適な時期で、空は青く晴れ渡り、
麦の穂をざわざわと揺らす風が吹きます。
この風を「麦風」(ばくふう) とか
「麦の秋風」(むぎのあきかぜ) と言います。
麦が熟れた黄金色に輝いた畑に吹く、
五月の爽やかな気持ち良い風です。
なお「嵐」と言えば、
それまでの農家の人の苦労を
台無しにしてしまいかねない
恐ろしい「嵐」が連想されますが、
「麦秋」に吹く「麦嵐」は、
麦の実りを祝福する心地良い風になります。
麦の波(むぎのなみ)

麦畑が風によって波打って見えることを
「麦の波」(むぎのなみ) と言います。
黄金色の麦穂が風に大きく波打つ光景は、
美しく、雄大で、豊穣の象徴です。
麦雨(ばくう)
麦が熟する時期に降る雨を
「麦雨」(ばくう) と言います。
実際の「麦」の収穫適期は、
「梅雨」入り直前の時期で雨が多くなり、
気温も高くなるため、
収穫作業は梅雨空とにらめっこで行われます。
3日以上雨に当たると穂発芽や褪色粒が発生し、
穂発芽や品質の劣化を招くからです。
麦熟れ星(むぎうれぼし)・麦星(むぎほし)

麦を刈り入れる頃、日没後の空には
牛飼座の一等星「アークトゥルス (Arcturus)」が
オレンジ色に輝きながら南から昇ってきます。
ちょうど麦の刈り入れ時に当たることから、
「麦熟れ星」とか「麦星」と言います。
また梅雨期の頃にも当たることから、
「五月雨星」(さみだれぼし)とも言います。
「アークトゥルス (Arcturus) 」は、
ギリシア語で「熊の番人」の意味があり、
その名の通り、いつも大熊の尻尾を睨み、
離れようとしません。
春の大曲線・春の大三角を構成する
星のひとつです。
麦刈(むぎかり)
熟れ麦

熟して収穫の時期を迎えた麦を
「熟れ麦」と言います。
麦日和(むぎびより)

麦の種蒔きや刈入れにぴったりな日は
「麦日和」(むぎびより)と言います。
刈り取った「麦」を
干して乾燥させる必要があるため
「麦刈」には晴れた日が選ばれます。
そして、鎌や刈払機などの手工具で刈り取り、収穫後、穂を束ねて風通しの良い場所に広げて
乾燥させます。
麦扱(むぎこき)
水分を20%程度以下になるように乾燥させた
麦の穂を「千歯扱き」で落とす
作業のことを「麦扱」(むぎこき) と言います。
「千歯扱き」(せんばこき) は
日本で江戸時代に発明されたもので、
金属または竹製の歯を櫛状に並べたもので
麦の穂を引掛けて引っ張って行いました。
大正時代に「足踏み脱穀機」が普及したため
千歯扱きは製造されなくなりました。
麦打ち(むぎうち)・麦叩(むぎたたき)
刈り取った麦の穂を叩いて落とす作業を
「麦打ち」とか「麦叩」と言います。
そして麦打ちをする道具を
「麦の殻竿」(むぎのからさお)と言います。
「麦打ち」の作業は大変重労働であったため、
疲れを紛らわせ、皆の調子を整えるために
唄われたのが「麦打唄」(むぎうちうた) です。
麦焼(むぎやき)

落ちた麦穂は、篩 (ふるい) にかけて、
実以外の余計なものを取り除いた実は、
水分が10数%以下になるように乾燥します。
そして麦を脱穀時に出た「麦埃」(むぎぼこり)や
麦藁の屑などは「麦焼」をします。
田植え
こうして麦刈りが終わり、
麦を作っていた畑が空くと、
6月末から7月にかけて
その畑を利用して田植えが始められます。