
毎月24日で、「火伏せの神」として知られる
「愛宕権現」(あたごごんげん) の縁日です。
特に12月24日の「終い愛宕」は
多くの参拝者で賑わいます。
「愛宕権現」は、火災から私達を守る
「火伏せの神」として
古来よりその霊験により
多くの人々の信仰されてきました。
全国の愛宕神社の御祭神は多くの場合、
迦具土命 (かぐつちのみこと) や
伊邪那美命 (いざなみのみこと) です。
記紀神話によれば、カグツチは
イザナミとイザナギとの間に生まれた
「火の神」(火産霊;ほむすび) であり、
生まれた時に母親であるイザナミを焼死させて
しまったとされます。
そのために「仇子」(あたご)と呼称され、
それが「愛宕」の語源となったという説が
あります(本居宣長『古事記伝』)。
また民俗学的には
「愛宕」は「背面」もしくは「日隠」の
意味を持つ「あて」という場所のイメージから
派生したのが語源であるとの説もあります
(柳田国男『地名の研究』)。
愛宕の神は本来「境界の神 (塞の神)」であり、
東の比叡山と西の愛宕山の境界の内、
すなわち京都の街を鎮護するために配所された
と言われています。
特に京都市の西北に鎮座する
全国900社の愛宕神社の総本宮「愛宕神社」は
「火伏せの神」として祀られたと
言われています。
その一方で「愛宕権現」は、武士にとっては
「勝利の神」として祀られてきました。
その代表例が東京虎ノ門にある
「愛宕神社」です。
こちらの「愛宕神社」は、
慶長6(1601)年に、徳川家康の命により
「勝軍地蔵菩薩」(しょうぐんじぞう ) を
観請したのが始まりであり、
勝利の神が転じて火防の神様として、
各藩武士が参勤交代の際に地元に持ち帰り、
各地に愛宕神社を祀るようになったとの説が
あります。
京都の愛宕神社(総本社)、
東京虎ノ門の愛宕神社とともに
「日本三大愛宕」の一つとされるのが
福岡の「鷲尾愛宕神社」(わしおあたごじんじゃ)
です。
鎌倉時代の「元寇」の折に、
鎌倉幕府は博多に鎮西探題を設置した他、
玄界灘を見渡せる鷲尾山に城砦を築城した
所と言われます。
その後南北朝時代には、
度重なる兵火に見舞われたことから
衰退してしまいました。
江戸時代になって、福岡藩2代藩主黒田忠之が、
「黒田騒動」を愛宕権現の霊験により
乗り切ったことに感謝して、寛永11(1634)年、
京都の愛宕神社より愛宕権現を勧請しました。
その後、様々な願い事を叶えてくれる
神様として知られるようになり、
伊勢音頭の「伊勢にゃ七度、熊野にゃ三度、
愛宕さまには月参り」をもじって
「猪野 (いの) にゃ七度、香椎 (かしいい) にゃ三度、
愛宕さまには月参り」(「猪野詣りの唄」)
と歌われたように、
福岡・博多の人々に大変親しまれています。
・猪野にゃ七度:猪野(鷲尾愛宕神社)には
7回も参拝するほど、
・香椎にゃ三度:香椎宮(かしのみや)には
3回も参拝するほど、
・愛宕さまには月参り
:愛宕神社には毎月欠かさず参拝するほど
信心深い。
最近では、特に縁結びの神様としても
人気があります。
なお、玄界灘を見渡せる標高68mにある
「鷲尾愛宕神社」から見渡せる
「初日の出」は福岡一と有名で、
例年70万年の人出で大いに賑わいます。