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初卯(はつう)

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「初卯」は正月の最初の卯の日に、
神社に詣でることです。
「初卯」が三が日に来る年は
「二の卯」「三の卯」もあります。
東京では、江東区亀戸にある
亀戸天神社内の妙義社(御嶽神社)、
大阪では、住吉区住吉にある「住吉大社」、
京都市の上賀茂神社などに参詣し、
魔除けの「卯の御札」や「卯槌」が
授与されます。
「卯」は、時間で「午前6時頃」を表し、
方角は「東」を示すことから、
色々なことが始まり、広がっていくことを
意味します。
「卯」は、火災除、雪除、商売繁盛、開運の
神様です。 
 

 

亀戸天神社内の妙義社

江戸及び近郊の最も詳しい年中行事の文献
東都歳時記とうとさいじき』には「初卯の日 亀戸妙義参」
という記述があります。

卯日 毎月 亀戸妙義参。 天満宮の境内にあり。
毎月卯の日を縁日とす。
正月は初卯詣と号し参詣多く、
南は両国より割下水道、北は浅草大川橋より
柳島の土手辺りに満つ。
又二の卯、三の卯もこれに同じ。
詣人神符を受けて髻(もとどり)に挟てかへる。
餅或は土を以て団子とし、
五彩に色どり、大なる柳につけて
繭玉と号(なづ)け售(か)ふ。
又天保二卯年より卯杖卯槌を鬻(ひさ)ぐ。
 
 
正月初の卯の日には、「初卯詣」には
多くの参拝者で溢れていたようです。 
 
江東区亀戸にある亀戸天神社境内の
本殿の東側に隣接する「妙義社」は、
現在は「御嶽神社」(みたけじんじゃ)
なっています。
御嶽神社は、菅原道真公の師で、
大宰府天満宮造営にも関わった
延暦寺13代座主・法性坊尊意僧正ほっしょうぼうそんいそうじょう
お祀りしていて、大宰府御嶽山より
歓請されました。
上州妙義山でも
法性坊をお祀りしていることから、
亀戸の御嶽神社を、江戸の頃から
「亀戸妙義社」と呼んでいたそうです。
 
智徳世に優れた法性坊は、天慶3(930)年2月の
「卯」日の「卯」の刻に亡くなられたことから、
春の陽気を向える「卯の神」と啓仰され、
以来、月毎の「卯日」はもとより、
特に新年最初の「初卯」や
「二の卯」「三の卯」には、
「卯槌」(うづち)、「卯の神札」を求めて、
多くの方が参拝し、福徳・才智・愛敬を願い、
除病・延命を祈りました。
 

大阪・住吉大社

 
初詣で毎年多くの参拝者が訪れる
大阪の「住吉大社」は、
全国に約2300社ある「住吉神社」の総本社です。
 
 
住吉大社の御祭神は、
底筒之男・中筒之男・表筒之男の三神と、
十四代仲哀天皇の皇后・神功皇后の四柱です。
 
 
神功皇后は、住吉大神のご加護の下、
新羅遠征から凱旋の帰路、
大神の信託に基づいて
住吉の地に大神を祀ったとされた日
(住吉大社の創建日)が、
神功皇后摂政11(211・辛)年、
月の上の日だった縁から、
「うさぎ(卯)」が住吉大社の神使とされ、
卯の花も縁(ゆかり)の花とされるように
なりました。
 
 
境内には「卯の日」の名が残る参道があり、
正面参道の「反橋」(そりはし)を渡った
左手にある「手水舎」には、
うさぎの手水口が鎮座しています。
更に「第四本宮」前にある「住吉神兎」石像は
無病息災を祈願し、
腰や頭など気になるところを撫でる
「撫でうさぎ」として親しまれています。