うまずたゆまず

コツコツと

初代・神武天皇

 
天照大御神の五世の孫、
神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこ)
後に日本の初代天皇になる神武天皇は、
高千穂宮(現在の宮崎県)で
兄の五瀬命(いつせのみこと)ら兄弟と話し合い、
天下を平定するために東征へと出掛けました。
数々の大きな戦いを経て大和を平定し、
畝傍山の麓に橿原宮で即位し、
日本を建国しました。
 


www.youtube.com

 
高天原(たかあまのはら)を治める
天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子孫である
神倭伊波礼毘古(かむやまといわれびこのみこと)
後の神武天皇は、
日向(ひむか)の高千穂宮(たかちほのみや)で、
世の中を上手く治めるために東へ行こうと言い、
豊国(大分)、筑紫(福岡)、阿岐国(広島)、
吉備(岡山)を経て、海路で浪速(大阪)に
上陸しました。
 
そこで、登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)
敗北し、更に兄の五瀬命(いつせのみこと)
受けた傷がもとで亡くなってしまいました。
南へ迂回して紀国(和歌山)の熊野に
再度上陸しますが、
そこに現れた大熊の毒気に当てられ、
一行はバタバタと倒れてしまいました。
 
そこに、天照大神から夢のお告げにより
授けられた剣を高倉下(たかくらじ)が献上すると
皆、正気を取り戻しました。
 
 
そして道案内の八咫烏(やたがらす)に導かれて
吉野に入り、現地の反対勢力を倒して、
倭の畝火(うねび)の白檮原宮(かしはらのみや)
初代の神武天皇として即位しました。
 
皇子原神社[おうじばるじんじゃ]
(宮崎県・高原町) 
 神倭伊波礼毘古命が生まれた地と
 言われる。
 
狭野神社[さのじんじゃ]
(宮崎県・高原町) 
 神倭伊波礼毘古命が生まれた地と
 言われる。
 
立磐神社 [たていわじんじゃ]
(宮崎県・日向市 )
 境内には神倭伊波礼毘古命(神武天皇)が
 腰掛けたと言われる「お腰掛け岩」
 がある。
 
駒宮神社[こまみやじんじゃ]
(宮崎県・日南市 )
 神倭伊波礼毘古命が
 阿比良比売[あひらひめ]を妻に迎えた
 宮の跡と伝わる。
 
美々津[みみつ] (宮崎県・日向市 )
 神倭伊波礼毘古命の東征の出発地と
 言われている。
 
岡田宮   (福岡県・北九州市 )
 神倭伊波礼毘古命が東征の際、
 一年滞在したと言われる。
 
多家神社[たけ] (広島県・府中町 )
 神倭伊波礼毘古命が東征の際、
 七年滞在したと言われる。
 
高島宮      (岡山県・岡山市 )
 神倭伊波礼毘古命が東征の際、
 八年滞在したと言われる。
 
速吸門[はやすいのと]   (兵庫県)
 神倭伊波礼毘古命が
 槁根津日子[さおねつひこ]と出会ったと
 される。
 
浪速[なみはや] (大阪県・大阪市 )
 神倭伊波礼毘古命が東征の際、
 この地を通過したとされる。
 
青雲[あおくも]白肩津[しらかたのつ]
(大阪県・東大阪市 )
 神倭伊波礼毘古命が東征の際、
 この地に停泊したとされる。
 
竈山神社 [かまやまじんじゃ]
(和歌山県・和歌山市 )
 神倭伊波礼毘古命の兄である
 五瀬命を祀る。
 
熊野の村  (和歌山県・新宮市 )
 神倭伊波礼毘古命が紀伊半島を
 南へ迂回して着いた地とされる。
 
八咫烏神社[やたがらすじんじゃ]
(奈良県・宇陀市 )
 八咫烏の化身と言われる
 建角身命[たけつぬみのみこと]
 祭神としている。
 
橿原神宮   (奈良県・橿原市 )
 神武天皇が即位された橿原宮の聖蹟に
 明治二十三年に創建された。
 
神武天皇陵(畝傍[うねび]山東北陵)
(奈良県・橿原市 )
 畝傍山東北の地に比定されている
 神武天皇の陵墓。
 
石上神宮 [いそのかみ]
(奈良県・天理市 )
 神倭伊波礼毘古命(神武天皇)を
 熊野の村の大熊から救った霊剣が
 納められた社。
 
熊野三山 (和歌山県・田辺市ほか )
 熊野本宮大社、熊野速玉[はやたま]大社、
 熊野那智大社の総称。
 八咫烏は三山の神の使いとされる。
 
宮崎神宮 皇宮屋[こぐや]
(皇宮[こぐや]神社) (宮崎県・宮崎市 )  
 神倭伊波礼毘古命を主祭神として祀る。
 
率川神社   (奈良県・奈良市 )
 皇后・伊須気余理比売[いすけよりひめ]
 祀る。
 

linderabella.hatenadiary.com