うまずたゆまず

コツコツと

弥生時代からあった「おにぎり」の歴史

 
日本の伝統食である「おにぎり」は、
弥生時代から存在し、
現在もなお、時代を超えて進化し続けています。
 
 

弥生時代
「チマキ炭化米塊」

 
「おにぎり」は、弥生時代には
既に食べられていたと考えられています。
日本各地の弥生時代の遺跡から
炭化した「おにぎり」のようなものが
出土しています。
 
特に有名なのは、
石川県旧鹿西町(現・中能登町)の、
紀元1世紀頃(弥生時代後期)の遺跡
「杉谷チャノバタケ遺跡」から出土した
もち米を蒸して固めて焼かれた
「日本最古のおにぎり」の化石
「チマキ炭化米塊」です。
 
「チマキ炭化米塊」が
ちまき状であったことから、
この時代のおにぎりは日常食ではなく
神へのお供え物であったと考えられています。
 
日本は稲作によって発展してきた国であり、
天気や虫、雑草などの自然と戦いながら
大切に育てられたお米は
「神から授かったもの」として大切にされ、
感謝の気持ちを込めて神様に捧げるために
「おにぎり」は作られていたのでしょう。
 

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奈良時代
「握飯」(にぎりいい)

 
和銅5(712)年に完成した『古事記』や
和銅6(713)年に作成された『常盤国風土記』には
「握飯」(にぎりいい) という言葉が出てきます。
もち米を握ったもので、
これが後の「握り飯」や「おにぎり」の
語源になったと考えられています。
一方「おむすび」の語源は、
天地創造に関わった「産巣日神(むすひの神)」
から来ているという説があります。
米(山型)を握ることで
その霊力を体に取り入れようとしたという
いわれです。
 
『古事記』では、
魔除けにも使われていたことから、
神事の供え物やハレの日に食べられる
特別な食事だったとされています。
 
「おにぎり」の語源には、「鬼切り」から
来ているという説もあります。
鬼に握り飯を投げつけて
退治したという民話があり、
そのため「おにぎり」には魔除けや厄払いの
効果があると言われてきました。
 

平安時代
「屯食」(とんじき)

平安時代には、貴族が宴の際、
蒸したもち米を大きな卵型に握り固めた
「屯食」(とんじき) と呼ばれるものを
宿直 (とのい) と呼ばれた警備員や下級役人などに
祝儀として振舞われました。
 
 
『源氏物語』・桐壺の巻では、
貴族が簡単な宴を催す際に、
お手伝いに「屯食」を振る舞う様子が
描かれています。
また平安時代の「おにぎり」は、
防人など兵士が携帯したとされ、
形が鳥の卵に似ている事から
「鳥の子」とも呼ばれました。
 

鎌倉時代初期
「梅干し入りおにぎり」が
全国に広まる

 
当時のおにぎりは、
間引いた菜っ葉を炊きこんだ
菜っ葉飯が主流でしたが、
承久3(1221)年に起こった「承久の乱」では、
東国(鎌倉幕府側)の武士に
兵糧として「梅干入りのおにぎり」が配られ、
これをきっかけに
「梅干し」が全国に広まったとされています。
「おにぎり」が兵糧として用いられた理由
 ・事前にまとめて作れる
 ・持ち運びやすい
 ・短時間で食べられる
という点で非常に合理的な食事でした。
実際、合戦前には兵士に配られることもあり、
移動中や戦の合間にエネルギー補給が
出来るように工夫されていました。
 
 
塩を使って握ることで保存性を高めるなど、
現在のおにぎりにも通じる基本が
この時代に形作られています。
 

鎌倉時代末期(1300年頃)
「うるち米」で作られるように

 
この頃になると、稲作の主流が
「もち米」から「うるち米」に移ったことから
おにぎりも「うるち米」で作られるように
なっていきました。
 

戦国時代
「兵糧」と「お弁当」

兵糧
 
戦国時代頃(1467-1590年)、「おにぎり」は
携帯性に優れるだけでなく
腹持ちも抜群であったことから、
「兵糧」として特に重宝されました。
 
間引き菜を米と一緒に炊いた「菜飯おにぎり」や
味噌で味付けをしたり、
梅干しと一緒に食べたりしていたようです。
 
畑仕事の時のお弁当
「おにぎり」は、
戦以外の出仕、畑仕事の時のお弁当など、
主に武士クラスの人達が食べるものでした。
 
白米が広まる
 
豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた後、
赤米や黒米に比べ収量の多い白米が
広まっていきました。
 

江戸時代
おにぎりの進化

江戸時代に入り、
安定して米が収穫出来るようになると、
「おにぎり」は
徐々に庶民にも広まっていきました。
 
弁当
 
江戸時代の「おにぎり」は、
白米を握ったものや、
玄米にアワやヒエなどの
雑穀を混ぜたご飯を握ったもので、
農作業中の食事や
旅の携行食や行楽の手弁当として
日常的に食べられるようになっていきます。
 
 
歌川広重の
「東海道五十三次細見図会 藤沢」には、
金比羅参りの旅人が、
竹籠に入った三角形のおにぎりを
楽しげにほおばる旅人が描かれています。

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「海苔巻きおにぎり」の登場
 
江戸時代中期の元禄時代には、
江戸湾で浅草海苔の養殖が始まり、
現在のおにぎりのスタンダード
おにぎりを「海苔で巻く」スタイルが
生まれました。
 
 

明治時代の
おにぎりの進化

「味付け海苔」の開発
 
明治2(1869)年、山本海苔店2代目山本徳治郎が、
明治天皇の京都への行幸の土産として、
醤油やみりんで味を付けた
「味付け海苔」を開発します。
 
 
「味付け海苔」は京都を中心に広がり、
関西では「味付け海苔」が
おにぎり海苔のスタンダードになりました。
 
駅弁第1号
 
駅弁第1号は「おにぎり」でした。
明治18(1885)年、現在の東北本線の宇都宮駅で
地元旅館が日本初の「駅弁」を販売しました。
 
この「駅弁」の内容は、
黒ゴマをまぶした梅干入りおにぎり2コと
たくあん2枚で、
竹の皮に包んでありました。

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給食第1号
 
明治22(1889)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の
私立忠愛小学校で、貧困児童を対象に、
日本で初めて「給食」が実施されました。
この時の献立は、おにぎり、焼き魚(塩鮭)、
菜の漬物でした。
 

昭和の
おにぎりの進化

「天むす」ブーム
昭和32(1957)年、三重県津市にある
天ぷら定食店「千寿」の初代・水谷ヨネさんが、
忙しい夫のために
「手軽だけど栄養のあるものを食べて欲しい」と
賄い料理としておにぎりに
海老の天ぷらを入れたのが始まりです。
その後、常連客向けの裏メニューであった
「天むす」は評判を呼んだことから、
「千寿」は昭和34(1959)年に
天むす専門店へと業態を変更。
昭和40(1965)年には「天むす」を商標登録
するまでになりました。
 
 
そして昭和56(1981)年、名古屋市中区大須で
時計店を営んでいた藤森晶子さんが、
三重県「千寿」の「天むす」の味に魅了され、
約1か月の熱心な交渉の末、
「千寿」から技術指導と暖簾分けを受けて、
名古屋に「天むす千寿」をオープン。
開店から1年後、人気TV番組で
天むす千寿」が紹介されると大反響を呼び、
更に芸能人達が「名古屋土産」として
全国に広めたことで、
「天むす」はおにぎりとしては
異例のブームを巻き起こしました。
なお名古屋名物の「天むす」は、
かわいいひと口サイズの海老入おにぎりです。
おにぎり専門店の登場
 
昭和29(1954)年、
東京で一番古いおにぎり屋さんと言われる
おにぎり浅草宿六」が開業しました。
また昭和35(1960)年には、
東京の大行列店「おにぎり大塚ぼんご」が
創業しました。
このあたりから、「おにぎり専門店」が
登場し始めます。
 
そしてその後は、スーパーや百貨店でも
「おにぎり」が売られるようになり、
1970年代になりコンビニが登場すると、
多くのお店で「おにぎり」が
手軽に購入出来るようになりました。
 
パリッコフィルム
 
通常、おにぎりは、
海苔とご飯を直巻きすることから、
時間が経つと海苔が湿気ってしまいます。
 
 
そこで、昭和53(1978)年、セブンイレブンが、
フィルムをひっぱるだけで、
ご飯を海苔で包み込むことが出来る
画期的な構造の「パリッコフィルム」を考案し、
食べる直前にパリパリの海苔を巻いて
海苔のパリッとした食感が楽しめる
「手巻きおにぎり」を販売すると、
手も汚れないこともあって、
「おにぎり」は一気にヒット商品となり、
以降、「おにぎり」がコンビニの主力商品に
なりました。
おにぎり文化を大きく変えた発明です。
 
おにぎり用ふりかけ登場
 
手作りおにぎりにも変化がやってきます。
「行楽のために、見た目も味もカラフルな
 おにぎりを簡単に作りたい」
というニーズから生まれた
昭和57(1982)年に、
ごはんに混ぜるだけで多彩なおにぎりが出来る
おにぎり用ふりかけ「おむすび山」が
ミツカンから発売されると、大ヒット。
以来、40年以上のロングセラー商品と
なりました。
また、後のデコ弁ブームにも繋がりました。

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平成の
おにぎりの進化

「ラップでおにぎり」定着
 
平成初期までは、
おにぎりは素手で握るものでした。
現在の「ラップでおにぎり」が一般化したのは
平成8(1996)年に全国で起こった
「O157食中毒事件」がきっかけでした。
これを機に、衛生観念が大きく変わりました。
 
ラップで握ることは衛生的であると同時に、
ごはん粒がくっつかず握りやすい、
手を汚さずに済むというメリットが大きく、
平成12(2000)年頃には、
おにぎりはラップあるいはビニール手袋で、
というのが当たり前になったようです。
 
宇宙食に
 
平成19(2007)年、
おにぎりが「宇宙食」になりました。
国際宇宙ステーションの日本人宇宙飛行士が
特殊技術で乾燥した煮炊き不要の
アルファ米を使用した
「鮭おにぎり」を味わいました。
全く同レシピの市販品もあり、
お湯を注げば
誰でも宇宙飛行士気分を楽しめます。
 
ユネスコ無形文化遺産に登録
 
平成25(2013)年、
自然を尊重する日本人の心を
表現したものであり、
伝統的な社会慣習として
世代を越えて受け継がれているとし、
ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
 
「おにぎらず」 ブーム
 
平成26(2014)年、新型の手作りおにぎりが
大ブームとなりました。
この新型手作りおにぎりは、最早握りません。
サンドイッチのように
海苔とごはんで具を挟みます。
 
 
「おにぎらず」は、
平成3(1991)年に人気漫画「クッキングパパ」で
発案されたレシピで、
15年後にネットで火がつきました。
 
 
こうして現在も、
日本のおにぎりは進化し続けています。