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季語が秋の「西瓜」の歴史

 

「日本の夏の風物詩」「夏の果実の王様」など
夏のイメージの「スイカ(西瓜)」ですが、
季語は何と「秋」です!。
 
 

スイカ(西瓜)

 
「スイカ (西瓜) 」は、果実を食用にするために
栽培されるウリ科の蔓性一年草です。
スイカが一番最初に誕生したのは、
何と2500万年前と言われています。
 
スイカの原産地
スイカの原産地は、南アフリカ中央部、
カラハリ砂漠とその周辺サバンナ地帯とされて
います。
 
スイカは、多くの野菜の中で
最も光が必要な野菜と言われ、
収穫前に雨が少なく、
高温で日照りが強いほど美味しく実ります。
 
昔から、カラハリ砂漠周辺の原住民は、
スイカを「砂漠の水甕」として採取・備蓄し、
活用してきたと言われています。
 
英語で「watermelon」と言いますが、
これはスイカの果肉の90%が水分であることが
由来です。
 
「西瓜」は秋の季語⁉
 
意外に思われるかもしれませんが、
「西瓜」は秋の季語です。
昔は、スイカの収穫期は8月下旬から9月上旬と
初秋が旬だったそうです。
その後、品種改良や栽培方法の改善により、
収穫時期が早まりました。
 
スイカの産出荷量が日本一の熊本県では、
1回目の旬は3月~6月で、
2回目の旬は10月から12月頃で、
この時期に出荷されるスイカを
「秋スイカ」と呼んでいます。
 
スイカ割り
夏休みの海水浴の盛り上げ役として、
欠かすことが出来ない存在「スイカ割り」は、
昭和時代から広く行われるようになったと
言われています。
 
 
実は「スイカ割り」には、
公式のルールが存在します。
スイカの名産地・山形県の尾花沢市などが
加わる「JAみちのく村山」が設立した
「日本スイカ割り協会」が定めたものです。
 
公式ルールが定める「スイカ割り」は、
以下のような手順で行われます。[PDF]
 
 
1.スイカを新聞紙やタオルで覆い、
  砂浜や芝生などの安全な場所に置く。
2.参加者は目隠しをし、約5m離れた位置
  からスタートする。
3.参加者は周囲の声援や指示を頼りに
  スイカに向かい、棒でスイカを割る。
4.スイカが割れた場合、割った人が勝者と
  なり、みんなでスイカを分けて食べる。
 

スイカの栽培の起源

 
「スイカ(西瓜)」の栽培は、
約4000年前に古代エジプト人が栽培していたと推定される絵画が残っているほど、
その歴史はとても古いです。
ツタンカーメンの墳墓などの遺跡からも
スイカの種が見つかっていて、
当時は水分補給や種を主に食べていたようです。
 
 
ギリシアは3000年前、
ローマは紀元初期から栽培が始まり、
元々の黄色や黄色がかったオレンジ色であった
野生種の果肉は、 品種改良を重ねることで
甘く赤い果肉へと変化を遂げました。
なお赤い果肉のスイカが文献に登場したのは、
11世紀に編纂された中世ヨーロッパの
『健康全書』においてでした。
 
 
インドには、エジプトから中近東に伝播し、
ペルシアを経て渡来しました。
Chinaには中近東からシルクロードを経て、
11世紀の頃にウイグルから伝来し、
後に日本にも伝わりました。
Chinaよりも西方の地域から、
Chinaに伝わっただから「西瓜」と書きます。
 
 
『鳥獣戯画』(鳥羽僧正)には、
兎が持っている果物の中に
「縞皮スイカ」らしいものが見られることから
平安時代の日本に渡来したのではないかとか、
16世紀にポルトガル人によって伝来したとか
色々な説があります。
中世になると、スイカはスペインやポルトガルを経由してヨーロッパ全体に広まりました。
 

江戸時代のスイカ

 
江戸時代の代表的な農書『農業全書』には
「西瓜は昔は日本になし。
 寛永の末頃 (1640年頃) 初めて其種子来り、
 其後やうやく諸州にひろまる」とある他、
「たねに色々あり。じゃがたらと云うあり。
 肉赤く味勝れたり。」とあり、
スイカは既に一般販売されていたようです。
 
 
そして夏の食べ物として人気があったようです。
国貞の「十二月ノ内 水無月 土用干」(1854)には
大きな染付の皿に、カットスイカが山のように
積まれていた様子が描かれています。
広重の「東都名所高輪廿六夜待遊興之図」には
「二十六夜待ち」で、たくさんの屋台が並んでいる光景が描かれているのですが、そこに
半月状に切られたスイカが登場しています。
 
『摂津名所図会』(1702)には「鳴尾西瓜」、
『重修本綱目啓蒙』(1844)には「蛾蝟子」
「南京」「木津西瓜」などの品種が
紹介されています。
また大都市の周辺ではスイカが多く栽培され、
江戸近郊では八王子、世田ヶ谷、北沢、亀戸、
大森、羽田などが名産地だったようです。
更に青森や三重、京都など、
全国で様々な品種のスイカが栽培されるようになりました。
 
 
当時のスイカは黒い皮が一般的で、
更に現在のような甘さはなかったようです。
『本朝食鑑』(1697)には、
「西瓜を半分に割り、
 果肉をえぐって砂糖を入れ、
 暫くおいてから食す」と書かれています。
 
 
また、江戸時代の料理書には、
食べ合わせの悪い食べ物(合食禁)として
よく登場しています。
「そば切を食し西瓜を食すれば
 其まま食傷(食あたり)す」
「蕎麦に西瓜 苣(ちさ)は半日忌むべき也」
「天ぷらに西瓜」などです。
 
 

明治以降

明治時代になると、
米国やChina、ロシアなどの海外から
様々なスイカの優良品種の導入され、
大正時代後期から昭和初期にかけて
海外種との交雑から品種改良が行われ、
各地に産地が出来始めました。
品種育成に成功したものに、
奈良県の「大和すいか」や
千葉県の「都すいか」があり、
現在の品種のほとんどはこの系統です。
 

現在のスイカ事情

スイカの種類
現在、日本国内市場に出回っている
スイカの種類は20余りあります。
 
 
主要品種は、祭ばやし777・紅大・富士光・
縞王系・甘泉などの「大玉すいか」ですが、
最近では、核家族化した少人数世帯に合わせ、
紅こだま・マダーボール・ピノガール・ひとりじめ
などの「小玉すいか」の需要も増えています。
 
 
スイカの旬
 
露地物が最盛期は7~8月ですが、
ハウス栽培の普及により一年中出回り、
夏以外の季節にも楽しめるようになっています。
日本一のスイカ県である熊本県や
温暖な気候の沖縄では
「冬スイカ」と呼ばれる品種も栽培されて
います。 
 
スイカの産地
スイカの産地は、北海道から九州・沖縄まで
全国に渡り、リレー出荷されています。
 
 
夏スイカの生産量日本一は山形県尾花沢市です。
「尾花沢スイカ」の糖度は13度。
(一般的なスイカは大体10〜11度)
メロンが14度位ですから、メロン級の甘さです。
 
 
西日本の主産地は、熊本、鳥取です。
収穫量全国1位の熊本では、
施設で育てたスイカを4月頃から出荷します。
 
 
「小玉すいか」は、
茨城、群馬、千葉が主産地で、ピークは6月と、
真夏の「大玉すいか」が盛んに出回る時期より
少し前になります。
 

スイカの栄養と健康効果

 
スイカの成分は、90%以上が水分ですが、
ビタミン、ミネラルなどもバランスよく
含まれています。
 
昔からスイカは「腎臓病の民間薬」と言われ、
成分中に「カリウム」が多く含みます。
カリウムは利尿作用が高く、塩分を腎臓から
尿中へ排出する働きがあります。
また体内の水分バランスを整える働きがあり、
夏の暑さで失われがちなミネラルを補うのに
役立ちます。
尿成分を作るのに必要な「シトルリン」は、
腎臓病や高血圧、むくみの防止に効果的です。
むくみ防止の他にも、血流を改善し、
動脈硬化を予防する働きがあります。
更に筋肉疲労を軽減する効果もあるとされ、
スポーツ後のリフレッシュや
夏バテ対策にも適しています。
 
また、赤肉種にはカロテノイド色素の一種
「リコピン」が含まれています。
リコピンは、体の老化を促進する
活性酸素を抑制する効果を持ちます。