平安時代、「邪気払い」と「長寿」を願って、「端午の節句」に柱に掛けた「薬玉」を、
9月9日の「重陽の節句」になると
赤い絹の袋に菊と茱萸を挿した
「茱萸嚢(袋)」(しゅゆのう・ぐみぶくろ)に
取り替える風習がありました。

これは古代Chinaの風習が元になっています。
古代Chinaの「茱萸袋」は、
匂いの強い漢方の「呉茱萸」(ごしゅゆ) の実を
乾燥させたものを赤い袋に入れた
香袋のようなもので、
身につけたり、飾ったりしたようです。
『刑楚歳時記』(けいそさいじき) の
「九月九日四民並藉野飲宴」を
隋の杜公瞻 (とこうせん) が注釈したものには、
次のように記されています。
「九月九日宴會未知起於何代。
然自漢至宋未改。今北人亦重此節。
佩茱萸、食餌、飲菊花酒、云令人長壽。
(下略)」
九月九日の宴会が
いつの代から始まったのかは知らない。
しかし漢から宋に至ってこの習慣は
変わらずにある。
今、北の人達もこの節を重んじている。
茱萸を佩び、餌を食し、菊花酒を飲む。
人を長壽にさせるという。
また次のような伝説もある
(とネットに載っていました)。
昔、仙人が弟子に、
「今年の9月9日にお前の家に災難がある。
家の者に嚢 (ふくろ) を縫わせ、
それに茱萸 (しゅゆ) を盛って臂(ひじ)にかけ、
高い処に登って菊花酒を飲めば
災禍(さいか)を免れる。」と云うのです。
弟子がそのようにすると家人は災難を免れたが、
家畜が身代わりになって死んでいたという
説話です。
また愛知県名古屋市にある
「願隆寺」のHPには、
次のような伝説が紹介されていました。
その昔、恒景という人が、疫病神と対峙した際に、
「呉茱萸(ごしゅゆ)」の入った
赤い裂の袋を肘にかけ、高い所に登り、
菊の花の入ったお酒を飲んだところ、
疫病神を退けることができた…。
日本では、「呉茱萸」(ごしゅゆ) の代わりに
「山茱萸」(さんしゅゆ) や「茱萸」(ぐみ) の実が
使われることもありました。
というのは日本には
「呉茱萸」がなかったため、
「茱萸」(ぐみ) と取り違えられて、
そのまま定着してしまったようです。
「呉茱萸」(ごしゅゆ) はミカン科の植物で、
和名は「カワハジカミ」と言います。
その実には芳香があり、
解熱・鎮痛・消毒・頭痛・強心など
幅広く薬効がある不老長寿の仙薬と言った
ところでしょうか。
一方「茱萸」(ぐみ) は、グミ科の植物の総称で、
春に白い花が咲き、
初夏にサクランボを伸ばして
楕円形にしたような形の赤い果実がなる
果樹です。
日本であれば比較的どの地域でも
自生していることが多いのですが、
食用というよりも観賞用や
海岸の砂防や風除けに植栽されているため、
スーパーで販売されていることは
ほとんどありません。
熟す前の茱萸の実には、
食べられないほど渋みがありますが、
完熟すればほとんどの茱萸の実は
ほんのり渋みを感じる程度になり、
甘酸っぱい味わいが口の中に広がります。
なお茱萸の実には、ビタミンE、β-カロテン、
アントシアニン、タンニン、リコピン、
パントテン酸など、様々な栄養素が含まれて
います。
なお平安時代は、『延喜式』(中務)には、
「九月九日裏呉茱萸料。緋帛一疋。緋糸二絢」
とありますから、
真っ赤な袋を使っていたようです。
後に別種の「山茱萸」(さんしゅゆ) を象った造花を
赤地錦の袋に入れる飾りに変化しました。

